批評という僕の癖

 

今回はテクノロジーとは少し関係ないお話を。

職業柄、というわけではありませんが、東京の大学に8年間もいてしまったせいか、大概のものを「良し悪し」で観る癖が付いてしまっています。

たとえば、アルバイトの応募のお電話をいただいたり、プライベートで初めてお会いしたときにまず意識に入るのは「声」の感触。

なめらかな「声」は良くて、ざらつきやささくれがキツいものはそうではない。

話し方のテンポや間のとり方、「声」に締まりがあるかどうかも大事な要素。

経験上、こうした「良し悪し」はその人や物、お店を信用するか否かの前判断に直結します。

動物が食糧や敵味方を匂いで嗅ぎ分けているのと同じですね。

この癖は、とある現代美術の巨匠に随いて数年間教えを乞い、年間100冊の本と100本の映画を観ていたときに身に付け、以来、今日にいたるまで鍛え続けてきたもの。

ですから、僕にとってあらゆる物事は「作品」で、それを鑑賞し、批評し、分析することが当たり前だったりします。

たとえば、最近発売された ReCore という Xbox と Windows 専用のビデオゲーム。

実はこの作品、往年の名作『ロックマン』シリーズで世界的に有名な日本人ゲームクリエイターがコンセプトデザインを手掛けています。

人類のテラフォーミング(未開拓の惑星を人間の住みやすい環境に変えること)が失敗し、機械が支配する砂漠の惑星でたったひとり目覚めたジュール・アダムスを操作し、犬や蜘蛛、ゴリラをモチーフにしたロボットたちとともに惑星とテラフォーミングの謎を追うというもの。

プレイ動画を観ると一見難しそうですが、昨今流行りのハード系のシューティングゲームというよりは、シンプルなコマンド操作にパズル要素をベースとした昔懐かしいアクションゲームです。

ヒロインのキャラクターデザインや、相棒のロボットをカスタマイズしながら冒険するゲームシステムを鑑みても、この作品の想定ユーザーが若年層からせいぜい30代前半の昔風のアクション感にノスタルジーを覚える層の間でしょう。

実際、物語や世界観、フィールドデザインの何ひとつをとっても ReCore には夢と希望のファンタジックな明るさがあります。

それは、前回少しだけ紹介した Deus Ex Mankind Divided の動画と見比べればハッキリ分かります。

こちらは人間の差別や復讐心といった現実の恨みつらみが物語の主題なだけでなく、舞台設定もまた、私たちの未来の起こりうるかたちのひとつを提示しています。

そのため、ゲームをするかどうか、実際に惹かれるかどうかは別にして、原理的により広い層に訴えかけられるのは意外にもこちらの方。

ファンタジックなものとシリアスなもの。

ファンタジーはなんでもアリで、特別な愛着がない限りすぐに忘れてしまいますが、シリアスな作品はそれを受け容れる用意があれば奇妙に心に残り続けます。

もちろん、どちらが好きか嫌いかは人により分かれ、想定ユーザーに対する ReCore の透徹したアプローチは見事ですけども、ね。

今日は、ロンドンオリンピックの公式ソングも手掛けた英国のビッグバンド Muse です。

ポップミュージックの世界は、批評的に観た場合、アイドル性が強く、流行り廃りの波が非常に大きいせいか、かなりの数の才能あるバンドや音楽家がかんたんにチープな楽曲作りにハマってしまうジャンル。

実は Muse も、私にとってはそんな惜しいバンドの代表的な例で、上に挙げたのはいずれも実質的な最盛期といえる3枚目のアルバム Absolution から。

これ以降は消えてしまうハードロックの骨太な構造が Muse 特有の壮大さを支えている名曲です。

京都スタッフ 緒方勇人
http://engineerism.com