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第九回 映画「シェフ」

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映画『シェフ』公式サイト http://chef-movie.jp/

ブロガーに料理を酷評され、大激怒。
その一部始終を動画にとられてSNSで炎上。
どん底状態でレストランを去ったシェフが、裸一貫からサンドイッチのフードトラックをはじめ、大人気となり復活するまでを描く痛快コメディー。
見終わったときには「あーおもしろかった。もう2時間たったの?」という感じだった。

監督・主演を務めるジョン・ファヴローの華麗な包丁さばきも映画の魅力。
ものすごい勢いでラディッシュもたまねぎもスライスされ、テンポのいい編集と相まって、みるみるおいしそうな料理ができあがる。
本物の料理人が入れ替わっているのではないかと目を凝らしてみても、ファヴロー自身が料理しているようにしか見えない。

こんなにパンがたくさん出てくる映画はあまりないだろう。
シェフが10歳の息子を連れて市場に買い出しにいったとき、アンドゥイユのホットドッグを食べる。
アンドゥイユは豚の臓物などを詰めたフランスで食べられるソーセージのこと。
「ニューオリンズではもっとうまいぞ」という台詞が出てくる。
かってはフランスの植民地だったこの町にはアンドゥイユを食べる食文化が残っているのだ。

夜中にお腹が減ったと訴える息子に作る、ハムチーズのホットサンド。
食パンにガーリックオイルのようなものをかけ、具材をはさんで、フライパンで焼く。
夜中にDVD見ているこっちもお腹がへってくる。

フードトラックでニューオリンズに着いたシェフが息子に食べさせたかったのが、カフェ・デュ・モンドのベニエ(これもフランス文化の名残なのだろう)。
フランス・アルザス流のプチメックさんのベニエとはちがって、四角い生地に空洞ができて座布団みたいになったのに、粉糖をかけていただく。
日本でもチェーン展開しているので、ニューオリンズに行かなくても食べられるのだ。

そして、映画後半で繰り返し出てくるのは、主人公と息子が作るキューバンサンドイッチ。
フードトラックの行くところ行くところ大行列、酷評したブロガーも「めちゃめちゃうまい」と考えを変えるほどなんだから、どれだけおいしいんだろうと実際に食べてみたくなった。

映画の公式サイトにコウケンテツさんのレシピがのっている。
http://chef-movie.jp/post/108000002054/コウケンテツ監修-フードトラックel-jefe特製-キューバサンドイッチ-レシピ
そんな便利なものがあるなんて気づかなかったので、DVDを何度も巻き戻してレシピを書き起こした。

1.豚の丸焼きを作る。
のが本当だが、それは不可能なので豚の肩ロースをブロックで買って、ローストポークを作った。
オーブンではなく、最近はまっている炊飯器を使ったお手軽低温調理で。
塩・胡椒した豚(コウケンテツレシピでは、豚肉に穴をあけ、タイムやローズマリーやにんにくも差し込む)の塊肉を表面だけフライパンで焼き、ジップロックに入れる。
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2. 80℃のお湯(沸騰させた熱湯に2割の水道水を加えるとそれぐらいになる)1リットルを炊飯器に入れ、1.を浸して1時間弱保温する。
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3.キューバンブレッドを半分にスライスし、切り口にマスタードを塗り、1のローストポークスライス3枚、ハム2枚、小きゅうりのピクルス(コルニッション)薄切り適量、チーズ適量(チェダーかゴーダみたいなハードタイプのスライス。スーパーで買うなら味がしっかりして安価な「クラフト」のものがおすすめ)をのせて、はさむ。
バターを上面と下面に塗る(映画ではパンの下面ではなく、ホットサンドメーカーの鉄板に直接塗っていた。「たっぷりのバターが俺の味の秘密だ」と言いながら」)
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4.ホットサンドメーカーでプレスしながら焼く。 手元になかったので、拙著『食パンをもっとおいしくする99の魔法』より、綿棒魔法を使用。
https://www.amazon.co.jp/食パンをもっとおいしくする99の魔法-パンラボ-池田浩明/dp/4865352740
サンドイッチを焼く前にぎゅうぎゅう綿棒でのばしておく(手のひらで押しても可)。 こうすると、プレスしたホットサンドの感じになる。

レシピの中でさらっと「キューバンブレッド」と書いたけれど、やってみようかなと思いながら読んだ人は「そんなのどこで売ってるんだよ!」と思ったはずだ。
コウケンテツさんのレシピでは「バゲットまたはドッグパン」となっている。 もちろんそれでおいしくできるけれど、パンおたくとしては「ちがうんだけどなー」と小声で言いたい。
バゲットだと油脂が入ってないので、プレスしたとき映画のように生地がのびないのではないか。
ドッグパンだとやわらかすぎるし、ハード系の皮の感じがない。

では、キューバンブレッドってどんなパンなのか。
ブーランジェリーレカンの割田健一さんが銀座「トミー・バハマ」のためにキューバンブレッドを作っている。
「キューバのパンっておもしろい。ラードが入っているんですよ」と言ってたっけ。

映画の中で、硬そうなパンがプレスするときれいに平べったくなっていたのも納得できる。
つまり、「ソフトフランス」というやつなのだ。
じゃあ、キューバンブレッドの代用でそれを買いに行きましょう! となるが、そうはいかない。
コンビニのミルクフランスや明太フランスみたいなものではしょっちゅう登場するソフトフランスだが、なにも入っていない状態で売っているのを目にしたことはほとんどないのだ。
唯一思いつくのは、ダイソーで売っているヤマザキの「バゲット」であろうか。

ちょっと脱線させいただくと、いまサンドイッチブームみたいに言われているけれど、家でサンドイッチを作れるプレーンなパンでどこでも入手できるのは食パンかカンパーニュ的なもの以外目にしない。
(だから、食パンを使った萌え断[でか盛りの萌える断面サンド]にみんなが走るのはわかる)
バゲットは、フランス人ならいいけれど、日本人がサンドイッチを作るには硬すぎる。
日本のパン屋さんよ! チャバタとかフォカッチャとかカイザーゼンメルとか、ワンポーションのプレーンなパンをもっとプリーズ! と言いたい。
(それを売っていたとしても、家でサンドイッチを作る人はまだまだ少ないから、はじめからばんばん売れるものではない、という現実はあるけれど…)

で、話を戻して、ラード入りのソフトフランスになるべく近いパンを家の近所のパン屋やスーパーをまわって探して歩いた結果、見つかったのはアンデルセンの「塩パン」だった。
ラードは入っていないけど、生地にバターを練り込んでやわらかさを出しているので、プレスしたときうまくのびてくれた。
(それに、バターは「俺の味の秘密だ」というぐらいなので、邪魔しない)
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で、食べてみたところ、ローストポーク・ハム計5枚とミルフィーユのように層をなす豚肉の旨味にまみれつつ、とろけたチーズのまったり感に、ピクルスの酸味がバランスよく加わる。
夢中で食べた。(子供の分まで奪った)
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たまたまカツが余ってたので、カツサンドも同時製作したのだけど、ホットドッグ、キューバンサンドイッチ、カツサンドは、世界の三大豚サンドだなと私は思った。

実は、私の『シェフ』の萌えポイントはサンドイッチだけじゃなくて、シェフと彼の息子のロードムービーである点だ。
仕事が忙しくて普段かまってあげられなかった息子。
仕事を失ってはじめて、いっしょに過ごす時間ができる。
はじめて厨房に入れ、掃除、心をこめてお客さんをよろこばすために、一生懸命料理をすることを教える。
親子の絆を取り戻す最良の方法はこんなところにあったんだなと、小学生の息子を持つ父としてしみじみ思った。

P.S.
西山さんへ
焼きすぎたサンドイッチは出しませんでした。

 


著者プロフィール
月刊連載『月刊 池田浩明 やっぱりパンでした』 毎月3日公開

icon_ikeda池田浩明(いけだひろあき)

パンラボ主宰、ブレッドギーク(パンおたく)。
パンを食べまくり、パンを書きまくる人。
パンラボblog(panlabo.jugem.jp/)、twitter( @ikedahiloaki )、朝日新聞デジタル「このパンがすごい!」でパン情報発信。
もっとおいしく安全な小麦を日本に広げるプロジェクト「新麦コレクション」代表。