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月の本棚 十一月 からだとはなす、ことばとおどる

なんということはない日常を淡々と綴った日記がすきだ。

石田千を読むといつも、日記のようだと感じる。主語の少なさのせいかもしれない。
『からだとはなす、ことばとおどる』には40代後半のひとり暮らしの日常が綴られている。
内の感覚が、外の事象にかさなりながら流れる文章ぜんたいが、詩のようでもある。

「はずして流しに運び、花環のようになったあおい羽に水をかけ、ぼろ布で拭く。ベランダに出して、かわかす。ほんとうは、台所の換気扇も洗ってしまいたいけれど、もうすこし我慢する。油でぎらぎらになっているのをすっきりぬぐいたい。子どものころびっくりしたコマーシャルのとおりをやるのがおもろい。
水滴のはねた羽におもてのたよりない光反射して、壁がちょっとあおく染まった」

これは扇風機のことだ。染まった壁を、わたしなら写真に撮るだろう。「全身をことばで見たくて」、石田さんはつらい時も、深いところから言葉をくみ上げ、丹念に綴っていく。

「よこたわり、ずうっと眠る。夢で泣くことも、もうない。夢そのものも見なくなっていく。仮死のような深海を、のうのうと泳ぐときは、ダイオウイカのこころになりたい」

そんなふうに傷ついた動物のようになっている日には、どうした?と思う。遠くで心配する友達みたいに。やつあたりで布団干しをする日もある。背負い投げをしたり叩いたり、可愛いひとである。

子供でも大人でも、ひとり暮らしでなくても、ひとはひとりだと思う。そして年をかさねれば、喜怒哀楽の「哀」が濃くなっていく。かさねきった最後は「楽」だといいよね。

ひらがなが多いから女性的かと思えば、その内容は野球観戦に夢中になったり、お燗をつけるあいだに味噌で肴をつくってゆっくりしたり、銭湯でひと風呂浴びてからの居酒屋だったり(これは石田さんの別の本だったかも)、男性的でもある。

「いちばん会いたいのは、見しらぬまんまに別れる他人。そういう日がある」。ある!
このひとは上野のアメ横を歩いて、そんなふうに思っている。

冬バラを瓶にさして、毎日少しずつ切ってもたせながら、リリアン・ギッシュとベティ・デイビスの『八月の鯨』のシーンを思っている。あの映画、わたしもたまに観る。

「この数日を、見届けてくれてありがとう。あなたのみそかを、どうぞゆっくりと、じっくりと。泣かずに、そっと別れましょう」

バラを看とる気持ちと、自分の暮らしをバラに見届けてもらっているという感覚を同時に合わせ持つ。そんないろいろに、ひどく共感している。

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『からだとはなす、ことばとおどる』石田千著(白水社2016)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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