あなたの隣人はもうAI、かも

多分、地球史上最もミステリアスなことがらは、カンブリア爆発や数学の誕生よりも今の人類の「考える」ことの仕組みでしょう。

人間はどうやって考えているのか?

実は、私たちは普段「考える」ことを考えなしにやっています。

「考えた」ことを考えるよう求められるのは、せいぜい会社や家庭で悪事をやらかしたときに「動機」を尋ねられるぐらいで、私たちの「頭」や「心」の中を問われたり熟考したりする必要は、社会生活上、ほぼありません。(個の責任が問題になるとき、たとえば、法律や婚姻が絡むときは別ですね)。

換言すれば、身の回りのみんな(「ムラ」と呼んで良いでしょう)が違和感を覚えない行動をいつもとれていたら、たとえ「頭」や「心」の中が空っぽであっても識別できず(これを、哲学的ゾンビと言います)、反対に、みんなが違和感を持ち、その動機や思考過程に納得できない相手、たとえば、太陽が眩しくて殺人を犯した者などはたとえその思考に筋が通っていても異常者として執拗に排撃されます。

ですから、私たちは自分で思っている以上に自分自身や他人の「頭」や「心」の中とその仕組みを理解しておらず、また、それらを知らないでも不思議と滞りなく社会生活を営めるようデザインされているのです。

そんなちょっと怖い話に似た問題が、最近日本の人工知能研究者によって提起され少し話題になりました。

参考:「AI研究者が問う ロボットは文章を読めない では子どもたちは『読めて』いるのか?」http://bylines.news.yahoo.co.jp/yuasamakoto/20161114-00064079/

そう、コンピュータは人間の言葉を統計や確率のいわば当て推量でしか解せていないのは大前提で、子どもたちもまた、過半数以上は文章を論理的に正しく読めていない可能性があるというのです。

このインターネット全盛の時代に、文章が読めないとはどういうことかと驚く向きもあるでしょう。

しかし、文章を論理的に正しく読むことは歴史上きわめて高度で新しかった事実を忘れてはいけません。

言語の起源、と考えるとなにやら小難しくなりますが、文章の読み書きの基本は会話にあり、会話の基本はさらに言葉以前の伝え合い(コミュニケーション)にあると考えてみてください。

だから私たちは、言葉をもたない動植物や赤ちゃん、異邦の言葉の使い手たる外国人とも広くコミュニケーションできるのであって、けっして逆ではないことが自然とわかるはずです。

実際、私たちは会話や文章で言葉のやり取りをしているときは常に言語以前の感情を暗黙の内に伝え合い、ときに愉快な、ときに不愉快な気持ちに否応なくさせられています。

職場のグループリーダーが指示の言葉とは別にポジティブな感情を常に同僚に伝えないといけないのはそのためですね。

むしろ、相手の言葉よりも伝わってくる感情のプラスマイナス、あるいは快・不快の方が気になって仕方ないのが人間というものでしょう。

すると、言葉だけの文章を論理的に正しく、また批判的に読めているかという課題が、いかに普段の社会生活では(多分、多くのひとが)ほとんど使わない能力を問うているのかわかるはずです。

つまり、先程の記事が本当に問題すべきは、子どもたちが実は読めていないとわかったことではなく、そもそも読めないことが問題として意識されるほど私たちの社会生活が高度な知的能力を要求しはじめてきたことの方なのです。

大人だって、文章をろくに読めていないことはTwitterやFacebookのコメントを観ればすぐにわかりますからね。

今回ご紹介するのは、ロンドン在住のウルグアイ系デンマーク人の音楽家 Alex Vargas です。

ひと月に何百という数の曲を納品しなくてはならない広告音楽の仕事はそのうち人工知能に任せられそうですが、彼のような圧倒的な歌唱能力をもったミュージシャンは長くしぶとく生き残っていきそうですね。

京都スタッフ 緒方勇人
http://engineerism.com