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エチカの立ち読みから

 学生のころ、心惹かれながらもいまだ手つかずの哲学者に、17世紀オランダのスピノザがいた。
 西洋の哲学に向かい始めて間もなく、それぞれの学説を問う前に、その叙述の在り方に度肝を抜かれた著作あるいは著作群が少なくとも3つある。1つは古代ギリシア、プラトンの対話篇、それからスピノザの『エチカ』、そして20世紀に入ってヴィトゲンシュタインが書いた『論理哲学論考』。(それぞれについて身近にある原書のコピーを添えますので、ご参照ください。)
 プラトンの対話篇は、私自身が20歳前後、演劇に深入りし戯曲を書いたこともあってか、文面からは強い衝撃を覚えた。ある意味アリストテレスの記述が長く後代の主流を形成したとすれば、登場人物の問答を介して数々の重要な主題を論じるという手法には恐れ入り、いっときのめりこんだ。その後もくりかえし立ちもどる。
 スピノザは、ポルトガルからいわば難民としてオランダに移り住んだ、マラーノというユダヤ系の子息だった。終生大学には身を置かず、レンズ磨きの技術者との言い伝えもある。彼の『エチカ』は、ユークリッド幾何学の記述方式を取り入れ、第1部の「神について」から5部にわたり、いくつかの定義と公理の上に数多くの定理とそれぞれの証明を積み上げる。それからおよそ2世紀半をへて、『論理哲学論考』もまた、1、1・1、1・11、1・12・・・・と分類の番号を冠した短い命題を積み上げるのだが、『エチカ』との際立った違いは、こちらには詳細な証明の手続きが一切添えられていない。

 さて複数に及ぶプラトンの著作はともかくとして、エチカと論理哲学論考はそれぞれに結びの一文がとても印象深く、高名にして、意義深い。ここにも原文ともども引用する。

Sed omnia præclara tam difficilia quam rara sunt.
とにかくすぐれたものは、すべて希有であるとともに困難である。
(『エチカ』第5部「知性の能力あるいは人間の自由について」定理42注解)
Wovon man nicht sprechen kann, darüber muß man schweigen.
語りえぬものについては、沈黙しなければならない。
(『論理哲学論考』7 これに先立つ1から6では、小数点以下を思わせる多様な細分の下、多くの命題が産み出されるが、最後の7については、結びのこの一文のみ)

 そしてプラトンに替わってここにもうひとり、第二次世界大戦直後の哲学者による有名な一文を引こう。

Nach Auschwiz ein Gedicht zu schreiben, ist barbarisch.
アウシュヴィッツ以降、詩を書くことは野蛮である。
(アドルノ 「文化批判と社会」 1949)

 『エチカ』の結びには何も付け加えるものがなく、持ち出された事柄は今でもあらゆる領域に波及する。そこから考察を、創作を焚きつけてくる。
 『論理哲学論考』の結語は、一見当たり前のことを言っているようだ。話せへんものは話せへんよ、と同語反復にも見まがえるのだが、ちょっと待って。話せないものは話せない、ではなくて、話せないものは話してはなりません、とひとつの強い要請が付け加わる。この2つの差異は存外広大なのである。
 ヴィットゲンシュタインのschweigen とアドルノの schreiben。 沈黙することと記述すること。だがしかし、アドルノの一文が取沙汰するのはやはり沈黙である。ある意味、絶対的な・・・・ただし、アウシュヴィッツのあとも人間は詩を書いてきた。メロディーまで付けて歌っている。ノーベル文学賞まで待ち受けて・・・・
 私は哲学者などではなく、一介の作家渡世を積み上げてきたが、30年近い創作の折々、この3つの文にいつでも呼びかけ、働きかけ、時には得がたいまでの拠り所、少なくともそこに向かうべき何らかの示唆をもらった。

 待望のスピノザ、彼の主著『エチカ』を読み始めたのは、1980年代の後半、東京に移って職場に通う、常磐線乗り入れの地下鉄千代田線、行き帰りの車中だった。思えば、スピノザのここでの形式はとても便利だった。たとえば今日の往きは定理13と14、14には長い系が付いてるから、それは帰りに回して、ついでにもうひとつ定理15も、といった按配で、居眠りにも陥らず、深入りしすぎて乗り過ごす、いや、降り過ごすということもなく。でもそこからの思索=詩作は、いまもしぶとく続いてる。みなさん、どうかよいお年を。

 

スピノザの『エチカ』(第1部「神について」の定理1から4まで。左はラテン語原典、右はそのフランス語訳)
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プラトンの対話篇『ピレボス』の冒頭ページ(オックスフォード版 テーマは「快楽について」。文中、ギリシア語の大文字太字の1行目が「ピレボス」というタイトル、その下にやはり大文字で3つ並ぶのが登場する人物の名前で、左からソクラテス、プロタルコス、ピレボス。その下の本文に入って段を下げた冒頭の大文字は話者の略記で、このページでは、ソクラテス、プロタゴラス、ソクラテス、ピレボス・・・・とつづく)
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『論理哲学論考』(1921)冒頭のページ(1行目の Die Welt ist alles, was der Fall ist. は「世界は、成立していることがらの全体である」と訳される)
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著者プロフィール

mensuel『一路多彩 -pluralité unique-』毎月10日公開
nina蜷川泰司(にながわやすし)

1954年京都市に生まれる。文芸作家。1988年の海外渡航時前後から、本格的な執筆を開始する。2003年に最初の長篇『空の瞳』(現代企画室)でデビュー。空中都市を浮かべる大がかりな町で、死刑囚との面会に出かける主人公が遭遇する叙事詩的な一夜を描き出す(著者とル・プチメック今出川店との邂逅はこの出版の少し前にまでさかのぼる)。2008年には、かつて在住したオランダの町を舞台に、対話的文芸論『子どもと話す 文学ってなに?』(現代企画室)を上梓。

2013年の作品集『新たなる死』(河出書房新社 全国学校図書館協議会選定図書)には12作の短中篇を収めるが、その冒頭を飾る「コワッパ」の執筆にあたり、2005年の秋にはル・プチメック今出川店からのご協力をいただき、店舗への取材を重ねている。

今世紀に入り、第二の長篇『ユウラシヤ』に取り組む。作品は架空の大陸に層をなす黙示録的な時間をたどり、哲学者スピノザからの謎めいた暗示と影にも付きまとわれる。2015年9月、そのプロローグにあたる『迷宮の飛翔』(河出書房新社)を発表。そこには風間博子によるオリジナル挿画16点が掲載されるが、彼女との直接のやりとりは、事情があって今日もなお認められていない。『新たなる死』を受け継ぐ作品としては、群章的な中篇作『ヒトビトノモリ』を構想中である。