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モロッコ 駱駝の旅のご案内

4回目のモロッコのお話。

カスバ街道で大変な目にあいました。 というのは、フランス在住のガイドTさんとモロッコのガイドさんに連れられて訪れた、”世界遺産のアイト・ベン・ハッドゥ” でのこと。
アイト・ベン・ハッドゥは、この砦の姿が美しいこととモロッコのカスバとして実際現役で使われているので世界遺産に登録されているそうです。当時はその大きな世界遺産の中に五所帯の家族が暮らされていて、その中のひと家族を訪問し、生活されているところを拝見しました。

昔、日本で流行った「カスバの女」という歌謡曲がありましたが、日本から年配の方が行かれるとこれを歌われるらしく、現地のモロッコ人のガイドさんも歌うことができます。
私がお茶の仕事をしていることを知ると、ガイドさんやこの世界遺産の横にあるレストランオーナー達は、ツアーのランチ代の代わりに私を置いていって「カスバの女」としてお茶屋さんをしながら暮らせと言ってみたり、人を駱駝 100匹と交換だとか、ガイドさんもレストランオーナーに「白駱駝、ラクダ色のラクダ、金の駱駝を各100匹計300匹だったら置いていく」だとか、人を勝手に物々交換する話で盛り上がり、危うく世界遺産カスバのお茶屋になるところでした。

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カスバ街のこのような風景を通り、ワルザザードという砂漠の入り口にある街までやって来ました。陽の落ちかけた夕焼けの幻想的な素晴らしい景色とは裏腹に、陽が落ちきってしまうと漆黒の風景と変わり、月灯りが無いととても不安になってしまうほど周りには何の灯りもありません。ドライバーがヘッドライトを消して路に停めてくれるとミルキーウェイ、天の河が天上に帯のように見えます。
太陽が昇ってくれないと漆黒の空が怖く思えるほど音や光も無く、星と月の灯りのみを頼りに昔の駱駝隊は交易の旅をしたのでしょうね。

一緒に行った友人の一人が思わず、「月の沙漠」を口ずさみました。みなさん知っていますか?すっかり忘れていた小学校の唱歌です。こんな歌がふっと思い出され口ずさみはじめるのですが、覚えているものですね。3人の日本人、パリ在住の日本人ガイド、現地のモロッコ人ガイド、モロッコ人のドライバー、みんながこの歌にしんみりしました。
遥か昔、今のモーリタニア、モロッコの少し下にマリ王国がありました。ここには豊かな金鉱があり、この金を砂漠の岩塩と物々交換するのに交易が盛んでした。前回のコラムにも登場した世界遺産のフェズの街が中心で、そこへ向かい駱駝の商隊が列を組んで砂漠を旅したそうです。
私もいよいよ翌日の早朝には、このワルザザードの街からメルズーカという街にある砂漠の丘陵に四駆で向かいます。詳しい話はまた。

駱駝に会う旅は続いて行きます。

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著者プロフィール

『メランジェ的世界の歩き方』毎月21日公開
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松宮 美惠 (まつみや よしえ)

200種類のお茶とお茶まわりのグッズを扱う「ラ・メランジェ」のオーナー。
ラ・メランジェは1988年に京都・北山にオープンし、92年からは同じ北山に店を移転拡張し、2005年9月烏丸二条に移転。2015年5月で対面販売 小売店店舗をクローズ。今後お茶を扱う専門家、飲食関連のサービス、お茶を教える専門家などに今までの経験を生かし指導をしていくことを新しいジャンルとして設ける。ものを売るというよりも、お茶とお菓子ですごす時間や空間、そこから生まれるコミュニケーションが大切だと考え、これを提案したいというのが基本的なコンセプト。このためお茶と食、またそれにまつわる文化に強い関心を持ち、1990年からヨーロッパを中心に海外に頻繁に旅し、情報を常に吸収し、ノウハウを蓄積しているのが強み。最近では、特に中国へ赴くことも多く、中国茶と茶器の品揃えも強化。現在、かの地の文化を修得しつつある。お茶については、海外からはお茶を直接輸入し卸しも行なうが、国内・国外のお茶とも、すべて自らテイスティングし、セレクトしたものを扱う方針。お茶のコーディネイトの仕事も多数。