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GOOD SONGを書ける人。

辻林美穂さんを最初に見たのは2014年の11月だから、ちょうど2年前ということになる。楽×学という浜松市が主催する文化と音楽の催しで、音楽プロデューサーの牧村憲一さんによる講義があった。古典~YMO~ボーカロイドまでの音楽の変遷を紹介しながら、新しい楽器が新しい音楽を作るという内容のものだ。そこで実際のシンセサイザーでの実演をする奏者として連れて来られていたのが辻林さんだった。確か教えている音楽大学の生徒だと紹介していたと記憶している。講義や実演が一通り終わると、牧村さんが「彼女、オリジナルで曲を書いてもいるんです」と辻林さんを再び紹介した。辻林さんが「実は人前で歌うの初めてなんです」と緊張をしながら鍵盤を弾き、歌い始める。照れた表情を浮かべたどたどしく歌われるボーカルに反して、曲は実に練り上げられていて驚いた。洒落たコード進行、意外な展開。さすがに牧村さんが連れてきた人だなぁと感心してしまった。牧村さんといえば古くは大瀧詠一、シュガーベイブらの制作に関わり、僕ら世代には何といってもフリッパーズギターの生みの親である。

すっかり辻林さんの曲に魅了された僕は、誰よりも早く新しい才能を発見したかのごとく得意気に帰宅をした。しかし数日後ふと自分のiTunesを再生すると、穴にも入りたいくらい恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。シンリズムやイックバルなども世に輩出したネットレーベルのAno(t)raksのコンピレーション、何度も聴いてるはずの何枚かのアルバムに彼女の名前を見つけたのだ。あぁなんと間抜けなこと! しかしそれまでAno(t)raksで聴いていたかっこいいシティポップ的なサウンドとはかけ離れた可愛らしい楽曲群だったのだから結び付かないのは無理もなかったのかもしれない。 それから1年後の年末だったかに自主制作のCD-Rを作ったと知ったのですぐに注文した。後に1stアルバムで「きみととく」としてリリースされる「君と遠く」などが入っていた。こちらは逆に演奏を見たあの繊細で緻密な曲たちだったから、ますます辻林美穂というミュージシャンをどう捉えてよいのか悩んでしまった。もちろん内容は素晴らしかったのだけど。

辻林さんの曲は大きく二つの傾向がある。一つは弦楽器やピアノをフィーチャーした室内楽的なポップス。もう一つはシティポップ的なバンドサウンドを持つポップス。今年4月にP-VINEからリリースされた1stアルバム「クラルテ」では両方のテイストが散りばめられていた。明らかに印象の違う楽曲群が並ぶのに、聴きこんでいくと違和感なく一つの世界観に思えてくるから不思議だ。元々本人の中ではさほど分けて捉えてもないのだろう。今年12月に自主制作で発表されたCD「Pignon」ではそのどちらとも少し違う新たな表現になっている。ど真ん中のJ-POPメロディ。素直なアレンジは曲作りの上手さを際立たせていた。

そういえば、牧村さんは2013年の楽×学ではスカートの澤部渡さんを連れてきていた。こちらも昭和音楽大学の教え子ということだった。同時期には婦人倶楽部で話題になった佐藤望さんも在籍していたそうだ。さらに今年はシン・リズムくんが入学したと聞いた。最近の良質な楽曲派ポップミュージックが偶然この学校から輩出されているのも偶然ではないだろう。基本的な技術だけでなく、ポップミュージックのアーカイブからその楽しみ方や感性を磨く授業があるのだろうか。楽曲至上主義が少し盛り上がりそうだ。

ディスク紹介:c_siphon08-2
辻林美穂「pignon」(tsvasi records/2016)
坂本龍一のラジオで取り上げられ話題を呼んだ女性シンガーソングライターの自主制作CD第3弾。P-VINEからリリースされた1stアルバムの後の新たなサウンドメイキングを思わせる表題曲、可憐で小粒な曲たちも優しい音になっている。
http://tsvaci.thebase.in/items/4403081

 


毎月22日公開 月刊『片隅の音楽』
icon_siphon宮下 ヨシヲ
グラフィックデザイナー
Siphon Graphica(http://siphon-graphica.net/)主宰

1976年、愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナー、ブックデザイナー。高校生の頃より英米インディー音楽に傾倒し、大学在学中にZINE制作を始め音楽誌に音楽ライターとしてキャリアをスタート。自ら雑誌制作の全ての行程に関わりたいとデザインを学び出版社、広告デザイン会社を経て、2008年サイフォン グラフィカ設立。2013年浜松に事務所を移設。現在はブックデザインを主なフィールドとしながら、ショップなどのトータルデザイン、パッケージなども手がける。

イラストレーション:akira muracco(http://akiramuracco.me/top