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第八色 十二月

 十二月は紫。
 近ごろ、ついつい考えこんでしまうのは、小学生の時分、月ごとにイラストが添えられてたカレンダーの「九月」のページには、紅葉を迎えた赤いもみじが描かれていたものではなかったか? という己の記憶にまつわる疑問である。
 もちろん、私は知っている。
 現実として、九月に紅葉を目にすることはない。十月になって三十度を超えることもさほどめずらしくない昨今、十一月半ばに京都は大原を訪れても、まだ紅葉ベストシーズンではない、などと言われてしまう始末である。
 ならば、カレンダーに描かれた九月と赤もみじの組み合わせは記憶違いだったのだろうか? 八十年代、同じく夏は暑くても、三十度を超える日は月に数度くらいしかなかったあの頃なら、秋が九月からきっぱり訪れていたあの頃なら、九月のイメージ画にもみじを持ってきても、尚早と言われることはなかったのではあるまいか?
 十二月になっても、どこか冬は生ぬるく、公園には紅葉したもみじが堂々と残っている。
 季節そのものが正確性を失いつつあるときに、いよいよ薄れつつある三十年前の記憶の正確性を問うのは、どうにも分が悪い。
 答えはきっと永遠にわからない。
 
 もうひとつ、記憶の話をする。
 今度はずっと確かなもの、とある作家についての記憶だ。
 約二十年前、私が大学生の時分、その作家をテレビで見る機会があった。
 当時、たいへんな人気ぶりで、その著作を何冊も読んでいた私は、「へえ、こんな方だったのか」と前から知っていたような、まるで知らなかったような不思議な気分で、はじめて見る相手の表情、その声、その雰囲気をとっくりと堪能した。
 まず、作家というのはたいていの場合、テレビで見てもおもしろくない。
 頭の中身がおもしろければそれでよいわけで、頭の中身以外がおもしろくあるべき義務はいっさいない。そのおもしろさを、あえてリアルタイムで表現する必要もない。
 司馬遼太郎など、結構な数の著作を読み、彼の大ファンになってから、NHKの深夜放送でまだ存命中だった当人が話している映像を見たわけであるが、
「おお、これが司馬遼太郎か」
 という純粋な驚きを得ると同時に、小説とはあまりに異なる、じかに語られる話のおもしろくなさにびっくりした。きっと、文字に起こして整頓すると、一気に味が出る内容だったのだろうが、リアルタイムで聞くぶんには、どうにもその魅力が伝わりにくかったのだ。
 生放送だったというハンデもあったはずだ。司馬遼太郎と同じく、その作家も、著作の何十分の一くらいの量しか、テレビ画面越しにおもしろさを嗅ぎ取ることができなかった。
 それでも番組のなかで、ひとこと、とても心に残る言葉を発してくれた。
 私はそれをずっと覚えていた。
 何となく心で転がし、味わい、自分なりに解釈し、だいたい十年が経ってから、無意識のうちにその言葉を物語の核の一部分にはめこみつつ、小説を書いた。
 その作品は連作短編という、短編をいくつかつなげ、全体で大きなひとつの流れになるという形式を採ったので、互いの間隔がかなり空くことになったが、先日ようやく最終話を脱稿し、七年にわたる執筆を終えた。
 その二時間後である。
 原稿を出版社に送り、「はあ、つかれた、つかれた」とコリのひどい首や肩を回しながら、とある編集者との会食に向かった。
 その会食の場で、いきなり「○○さんから、万城目さんへのメッセージを託されてまして」と切り出されたわけである。
 その○○さんというのが、まさに私がこの稿で語っていた作家その方であった。
 メッセージというのは、とある事情を挟んでの「まあ、あんた、がんばりや」という激励の言葉だったわけだが、なんちゅうタイミングかと、しばし呆然とした。
 なぜ、こんな出来すぎたことが起こるのか。
 まず、眼前に座っている編集者が、私と○○さんをともに担当している、という職務上の理由が挙げられる。
 しかし、私は○○さんとお会いしたこともなければ、話したこともない。肉声だって、ざっと二十年前にテレビで聞いたきりだ。
 しかも、そのテレビ出演時に発した言葉が、まわりまわって脱稿したばかりの作品の核に合流していたという話も、メッセージを運んできた編集者に、
「万城目さんは、○○さんの本をお読みになるのですか」
 と訊ねられ、
「もちろん! 大学生の頃、大好きでしたよ。そうそう、ちょうどそのへんにテレビに出ているのを見て……」
 と自分の記憶を整理する最中に、「ああ、そう言えば」と芋づる式に堀り出されたもので、それが作品の執筆のきっかけだったこと自体、自分でも忘れていた。それが張本人から、人づてに話しかけられたおかげで、唐突に記憶が蘇ることになったのである。
 まるで過去が未来に先回りして、鼻先にぶつかってきたようだった。
 どうして、こんなことが起こるのか。
 これもまた、答えは永遠にわからない。
 
 ○○さんは誰なのか。
 おそらくみなさん、耳をダンボにして待っていられるかもしれないが、申し訳ない。それはお伝えすることができない。
 ただ、ヒントを差し上げるならば、私がその作家の方に抱くイメージこそが、今回の十二月の色。深くて、ミステリアスな紫。

 


月刊コラム『カタコト語る、万華鏡』 毎月25日公開
icon_makime<著者プロフィール>
万城目 学 (まきめ まなぶ)

1976年生まれ、大阪府出身。小説家。
おもな作品に『鴨川ホルモー』『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』などがある。
最新刊は『バベル九朔』。