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第十二回 映画「NOMA東京 世界一のレストランが日本にやってきた」

公式サイト
http://www.nomatokyo.ayapro.ne.jp/

北大路魯山人の言葉に「独断でないと足が地についた歩行を感じられない」というのがある。
「独断」というのは文字通り「独りで決断する」ということだろう。
誰かがおいしいと言ったから自分もおいしいと思うとか、高いからおいしいとか、星がいくつついているからおいしいとか、ブランドだからおいしいとか。
そういうこととはまったく逆に、誰もおいしいと言ったことないけど自分はおいしいと思うとか、常識ではこんな食べ方はしないけどおいしいとか、そんなふうに自分で決めることだ。
普通はそんなことをしたら「足が地についた歩行を感じられ」るどころか、とんでもなく高い吊り橋の上を歩いているみたいに、ひやひやふわふわした心細い気持ちになってしまう。
魯山人にとっては、そういうリスクを背負った賭けに出ているときこそ、生きている感覚があり、本当に意味のあることだったのだろう。
それを「アート」と言い換えてもいいかもしれない。
私もこの言葉を知ってから、魯山人には遠く及ばないにしても、なにかを作るときにはこういう感覚を大事にしようと思ってきた。

映画『NOMA東京』を見て思い出したのは、魯山人の言う「独断」だ。
2015年、レネ・レゼピ率いる世界ナンバーワンといわれるレストランNOMAが東京のマンダリンオリエンタルにノーマジャパンを約1ヶ月間特別出店した。
この映画はそのときのことを記録したドキュメンタリー映画である。

レネ・レゼピは、山伏とともに白神山地に分け入り木の葉っぱを食べたり、イチゴのビニールハウスでは、熟れたものではなく白いままのイチゴを尊んだりする。
そういうのを見て、この人は、おいしいということを「独断」しているなと思った。頼るものがないから厳しいけれど、なんでも自分で思った通りできるのだからひじょうに楽しい。
だから、NOMAに行く人はみんな感動して帰るのだろうと、私は食べたこともないのにそう思った。

異文化としての日本食に遭遇するところもおもしろかった。
囲炉裏端で煙を嗅いで「とてもフルーティな香りだ」(こんな感じだったと思うが記憶が曖昧)と言ったり。
ラーメン屋で、ガラの浮いたずんどうから柄杓でスープをどんぶりにあけて、水を切った麺を入れたりしているところも、いつのまにかこちらが外国人の目線になっていて、とても野蛮で不思議な食べ物に見えてきた。

独断でそろえた材料だが、それを皿として落とし込むときには、今度はたいへん慎重である。
長野で小さいキウイを丸かじりして大絶賛していたのに、スープにするときにはどろっとしすぎていてテクスチャーがイメージとちがったみたいで、スタッフにやり直しを命じていた。
なにかのドレッシングでヴィネガーが「一滴足りない」といって、それもスタッフにやり直しさせたり。
頭の中に全世界からくるあらゆるお客の顔が浮かんで、その全員から突っ込みどころがないような完璧なものをきっと目指しているのだろう。
最高度の独断は、最高度に独りよがりから脱するよう落とし込まれる。

1ヶ月前から日本にきたスタッフは夜も寝ないで作業をし続け、オープンに間に合わせようとする。
メニューがダメだしされてなかなか決まらなかったり、しじみを何十個も使ってタルトを作るために、身を剥くのにスタッフ総出で4時間(だったと思うがもっと長かったかもしれない)かけたり。
直前に鴨を焦がすスタッフがいたり、開店1分前にエレベーターに閉じ込められる者がいたり、オープンするまですごくどきどきしながら自分がスタッフになったような気持ちで見た。

最後にすべての皿(全十何皿)が映し出される。
覚えてないけど、ひとつひとつなんかすごくて、食べなくても満足できた。
3万数千人が応募して、そのうちの3千人しか食べられなかったという、夢の料理ではあるが、あそこで食べていた人はただ絢爛豪華に目に映るばかりで、厨房であんなどたばたが繰り広げられていたことは、夢にも思わないだろう。
と、考えると逆に優越感を感じることもないこともない。

とはいえ、やっぱり食べてみたいので、いちばん作れそうだと思ったのを作ってみることにした。
「結局パンでした」というタイトルなので、一応パンは使うようアレンジしてみた。
映画の原題「Ants on a Shrimp」の元になっている料理「長野の森香るシマエビ」。
これは一皿目で、レネ・レゼピは「これが出てきた瞬間、保育園に子供を預けてきたこととかぜんぶ忘れて料理に没入できるような料理」と言っていた。

アリを公園に行って捕まえにいこうかと思ったが、いまは冬でたぶんいないだろう。
インターネットで検索してみると、通販で買えることがわかった。
缶詰として売られていた。
食品表示に「商品名:黒アリ缶詰 名称:昆虫スナック」とある。
中を開けると本当にアリが入っていた。
つまんで食べてみると、昆布みたいな匂いがして、甲殻類を噛んだとき特有のかりかり感が、小なりといえどもあった。
刺身用のエビを買ってきて、塩をまぶしたアリをかけて食べてみた。
映画を見ている限り、たしかにこれだけのものだったと思うんだが、どこをどうしたらこれでおいしいものができるんだろうか。
レネ・レゼピ、天才である。

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現在、公開中なので、公式ホームページで映画館を探せば、見られると思います。

 


著者プロフィール
月刊連載『月刊 池田浩明 やっぱりパンでした』 毎月3日公開

icon_ikeda池田浩明(いけだひろあき)

パンラボ主宰、ブレッドギーク(パンおたく)。
パンを食べまくり、パンを書きまくる人。
パンラボblog(panlabo.jugem.jp/)、twitter( @ikedahiloaki )、朝日新聞デジタル「このパンがすごい!」でパン情報発信。
もっとおいしく安全な小麦を日本に広げるプロジェクト「新麦コレクション」代表。