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第7話 野菜のうまみ

新年あけましておめでとうございます。

昨年12月、高知で開催された伝統作物セミナー『伝統野菜を売る』に参加してきました。セミナーは講演と伝統野菜の展示の二部構成で、講師は三越伊勢丹のトップバイヤーであり、昨年から三越伊勢丹フードサービスへご出向され、辣腕をふるっている雨宮隆一さん。全国のトップクラスの農家さん、漁師さんはじめ生産者さんが厚い信頼を寄せているお方。

伝統野菜は(たぶん伝統野菜に限らない)、まず、どんなものかお客さまに知ってもらうこと、情報が重要だというのがセミナーの主題。その次にはきっと「情報の中身」が大事になってくる。中身とは何かというと、食べるものだから当然「味」「おいしさ」がもっとも重要になる。

しかし、味やおいしさほど、表現の不確かで漠然としたものはない。
かといって、「食べてみればわかる」というのも乱暴な話だ。

そのあたり、どうすれば「おいしさ」を伝えられるのか?について、雨宮さんはわかりやすく解説。このセミナーの様子は高知県内のNHKニュースで即日報道され、大きな反響があったそうで、関心の高さがうかがえる。

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高知のスターバックスで蛸のサンダルの絵を描く雨宮さん。

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雨宮さんの蛸のサンダル。「蛸のサンダルだからさー、こうでいいんでしょー」といつものべらんめぇ口調でニヤニヤ。

雨宮さんを高知に呼び寄せたセミナー主催者の一人が、高知市内の農家「潮江旬菜」の熊澤秀治さん。雨宮さんとは伊勢丹新宿店への納品をきっかけに親しくされている。

熊澤さんとわたしの出会いは3年前、東京・代官山のイタリア料理店「カノビアーノ」植竹隆政シェフに同行し、高知へ取材で訪れた時に遡る。衝撃的な1時間の取材。野菜の味が何で決まるのかを知りたいわたしに、熊澤さんは植物の生理メカニズムを踏まえて解き明かしてくれた。その一節を当時の取材ノートから起こしてみる。
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僕はほうれん草など葉野菜の栽培にアミノ酸資材を使っている。
葉野菜に「うまみ」がのるという考えかたを昔はだれもしなかった。寒くなって糖度がのるというのはあるが、甘いことがイコールうまいのか? 寒くて筋張っていても?と疑問があった。植物って、水を吸うとか肥料を吸うというけど、葉から蒸散するから毛細管現象で水は入っていく。根には膜があって浸透膜のようになってる。でも水以外のものは微生物が分解しないと根っこの中に入らない。植物には筋肉も消化器官もないんだから。微生物のえさがアミノ酸。アミノ酸がいったん分解されて分子が小さくなるから根に入る。土壌中の微生物がいて、根の周辺にはバイオフィルム、根の中にはエンドファイトという微生物がいる。それがやりとりしてる。そうじゃないと、葉の中にうまみ成分が発生するのがおかしいもん。分解されて、さらに結合してるはずないんだと。そう考え始めてから、ものすごく野菜の生育が早くなった。
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まるで学者さんのように平明な解説ぶりで、最先端の農家さんとはこんなにも科学に立脚しているのかと、強い印象を与えたのだった。

わたしはふだんの仕事では料理やパンや菓子を食べ、つくる工程を見て、味の組み立てということを考えているのだけれども、熊澤さんは、素材の時点ですでに味をコントロールしている。うまみをどれだけのせるのか、動物性のうまみなのか植物性のうまみなのか、余韻はどれぐらい長くするのか、、、、。素材がそんなに違ったら、料理する側の調味も変わってくる。だから熊澤さんは「野菜をどんな味にしてほしいか言ってほしい」とまでいう。料理人にとって、ものすごく手強い相手だ。

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どうしよっかな?と考え中の熊澤さん。親分肌なお人柄で慕われているが、ご本人は「おれは一匹狼タイプ。同じタイプを集めてグループつくってるの。一匹狼はさみしいもん。さみしいヤツ集まれ!って」。

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熊澤さんの蛸のサンダル。半分隠れてる。意外とシャイ?

熊澤さんが伝統野菜の活動をはじめたのはなぜか。
その話は長いので簡略にすると、熊澤家が代々住んでいる潮江という地には以前「潮江菜」という葉野菜があった。水菜の原種とも言われ、日本最古の葉野菜ではないかと考えられているが、大正時代以降ぷっつりとつくられなくなり、姿形も味もわからなかった。若かりし熊澤さんは潮江菜を探したが、わずかに高知出身の女流小説家宮尾登美子さんの随筆に「潮江カブ(潮江菜)は土佐雑煮に欠かせない」という表記があっただけだった。

ところが最近になって、日本が生んだ世界的植物学者である牧野富太郎博士が地元高知の在来野菜のタネを保存するように門下生に指示していたことがわかり、潮江菜をふくむ在来野菜のタネが運命的に熊澤さんのもとへやってきた。牧野博士のご指示で残された野菜たちは「牧野野菜」として、熊澤さんたちのチームに復活栽培され、今回の伝統野菜セミナーにも出品された。詳しい調査はこれからだろうけど、潮江菜をはじめ歴史の長さを感じさせる品種があり、門外漢にも興味深いものがある。

どんな出会いも貴重だけれど、この二人とのご縁があって、わたしは野菜についてより深く精密に考えなければならなくなったのでありました。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

出版社 柴田書店勤務。外食業担当からキャリアをスタートし、料理技術、宿泊業、製菓製パンなど幅広いジャンルをカバーする食の編集者。パティシエの小山進さんや辻口博啓さんの書籍などを担当。「mook 洋菓子材料図鑑vol.4」編集長、「mook The Coffee Professional」編集長など。趣味はベランダ園芸。今夏はジャガイモとナスを栽培中。