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千本の迷宮 〈千本桜〉ではなくて「千本通」 Dunkel ist das Leben, ist der Tod

 京都の市街地を南北に貫く千本通。赤のル・プチメックからは、西へ3つ目の信号でこの千本と交差する。お店の前の今出川通から4筋南に下がると、かつては高額所得者が軒を連ねたものか、「長者町」という名の小路が3本、肩を寄せ合い、こちらは東西に貫く。北から南に、上、中、下、と識別されるが、いちばん北の上長者町(かみちょうじゃまち)をいま、冥界の話者にして導者、魑魅と魍魎(ちみ と もうりょう)が余りにも何気なく、堀川通から西に向かって千本通をめざす。

c_nina12-1魑魅 ねえ、魍魎、この道は何?
魍魎 ずっとここはね、西陣の南端、上長者町通。
魑魅 じゃ、いにしえ、お金持ちが軒を連ねた、ってこと?
魍魎 んー、今はよくある町の細道で、この先の物珍しき迷宮へと、篤志の旅人なら細大漏らさずいざなわれる。

c_nina12-2魑魅 パッと、少しは大きな四つ辻に出た。
魍魎 智恵光院通、このまま北に進むとね、2つ目の交差点を右に曲がって、その北側を少し行くと、美味いパン屋さんがある。
魑魅 そうか、それがル・プチメックか・・
魍魎 かの今出川店・・・・ところで魑魅、私たちの名前なんだけどね。
魑魅 どうしたの?
魍魎 余りにもややこしくて、毎回書く人も大変だから、ちょっと変えたらどうかと・・

魑魅 平気、平気。それに「書く人」っていうけど、書いてないんだよ。知ってる? 適当にパチパチと叩いて、ピッと押したら、パッと変わって、私たちに行き着くんだから、ホント、いい加減なものよ。
魍魎 んー・・・・ただね(と言いながら、手元のスマホの画面を見せて)見てごらん。きみとぼくのって、漢字だとこんなだよ。ほとんど同じ乗りで、区別つく?
魑魅 つかないね。実際間違って、私だってこないだ区役所の手続きでもめたモン。
魍魎 だろ。だから変えようって。こんなのどう?
〔Timi et Morio〕
c_nina12-3魑魅 チミーとモリオ
カッコいいじゃん。
魍魎 だろ。

チミー ねえ、モリオ、こんなふうに書き方を変えてみると、あんたが男で
モリオ ぼくが女みたいに見えてくるね。(・・?)

チミー アララ、またも奥の細道だね。
モリオ でももうすぐだ。千本の、一本手前になるんだけど・・
c_nina12-4モリオ はい、ここ。ここを左に曲がって。

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チミー また元の細道、小路・・・・
モリオ うん、でも、すぐに右に曲がるところがあって・・・・あ、ここだ。

c_nina12-7この消火器のかかる古い佇まいのお宅の角を折れると・・
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モリオ 徐々に風景が趣きを転じる。

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チミー 何だか、急速に引き込まれていくよ。時空を忘れ去るかのように。

c_nina12-11モリオ ひょっとしてここは、奄美の石垣の小路・・?

c_nina12-12チミー 私もあなたも時ならぬ精気をいただ
いて・・
モリオ その場に永くうずくまる。そして、
今では空き家のこのお宅。

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モリオ ワレらが魅惑の迷路もここに極まれり。

c_nina12-14モリオ あの、ごめんください。

声 はい。

モリオ(独白)アレ・・・・誰かいらっしゃるんだ。

扉がしずしずと、なぜか内向きに開かれると、そこには男物の白のスーツに身を固めたチミーが細く長く引き結んだ唇の間に柳葉1枚を咥えて佇んでいた。その目がどこを見ているのかは、彼女自身を含めてこのさき誰にも測り知れない。驚くよりも前にモリオを取り巻く世界が衣を改めると、二人はまた元の上長者町を千本に向かって歩いている。


(以前ここでは、手作りのドイツ風のパンでもてなす、カフェが営まれていた。)

c_nina12-15チミー(道の左手を見て)ねえ、モリオ。
あの青い車の奥に見えてるのって、さっきの木立だよね。

モリオ ようやく千本に至りました。
チミー ちょっと南に下がりましょうか。
モリオ うん。
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c_nina12-19チミー(また歩道の左手を見て)ねえ見て。あのガレージの奥の森木立。
モリオ そうだよ。君が僕を彼岸へと持ち去ろうとしたところだよ。
チミー ハハ、なに言ってんだよ、モリオ。私たちが語らうところはね、元の始まりから先の見えない終わりまで、とうに彼岸の不可逆なんだよ。


c_nina12-20このとき、両者の懐それぞれに浮かび漂う
歌が二首。
千本に交わるすぐ手前、この小路〉
かく「殺・風景〉に置き/去りの電柱=日本、
もとい、電柱=二本の根元から、歌がもくもく
立ち上る。
幹には魑魅魍魎が埋め込まれ、捻じ込まれ、
いのち委ねて、立ち尽くす。
電線、前線、破滅の雨、戦線 点線 ・・・・

  さきの世の契り知らるゝ身のうさに行く末かねて頼みがたさよ

  いにしへもかくやは人のまどひけん我まだ知らぬしのゝめの道

 近くのマンションの、一生窓の開け放たれた西向きの小部屋からマーラーの『大地の歌(Das Lied von der Erde)』が流れる。第1楽章 Das Trinklied vom Jammer der Erde 「大地の哀愁を歌う酒宴の歌」、歌詞の原典は唐の李白、指揮はワルターでもバーンスタインでもなく・・・ジュリーニかもしれぬ。ターンテーブルだけが回る。人影はない。

 Dunkel ist das Leben, ist der Tod ・・・・

 12月29日、俳優・根津甚八の訃報に接す。

 それでは、また。

(文中引用の和歌二首は、『源氏物語・夕顔』より。写真は全て、2016年12月8日午後の撮影。原稿の基本は、同年12月31日の夜、新門司から大阪に向かうフェリーの船中にてしたためる。)


 

著者プロフィール

mensuel『一路多彩 -pluralité unique-』毎月10日公開
nina蜷川泰司(にながわやすし)

1954年京都市に生まれる。文芸作家。1988年の海外渡航時前後から、本格的な執筆を開始する。2003年に最初の長篇『空の瞳』(現代企画室)でデビュー。空中都市を浮かべる大がかりな町で、死刑囚との面会に出かける主人公が遭遇する叙事詩的な一夜を描き出す(著者とル・プチメック今出川店との邂逅はこの出版の少し前にまでさかのぼる)。2008年には、かつて在住したオランダの町を舞台に、対話的文芸論『子どもと話す 文学ってなに?』(現代企画室)を上梓。

2013年の作品集『新たなる死』(河出書房新社 全国学校図書館協議会選定図書)には12作の短中篇を収めるが、その冒頭を飾る「コワッパ」の執筆にあたり、2005年の秋にはル・プチメック今出川店からのご協力をいただき、店舗への取材を重ねている。

今世紀に入り、第二の長篇『ユウラシヤ』に取り組む。作品は架空の大陸に層をなす黙示録的な時間をたどり、哲学者スピノザからの謎めいた暗示と影にも付きまとわれる。2015年9月、そのプロローグにあたる『迷宮の飛翔』(河出書房新社)を発表。そこには風間博子によるオリジナル挿画16点が掲載されるが、彼女との直接のやりとりは、事情があって今日もなお認められていない。『新たなる死』を受け継ぐ作品としては、群章的な中篇作『ヒトビトノモリ』を構想中である。