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第8話 鯨

お正月を迎えるスーパーマーケットや百貨店の食品売り場で、えええ?こんなに蛸を売っている光景見たことない!?と驚きます。毎年市場が休みに入ると同時に、魚売り場の一角を蛸が占拠。毎年見てるはずなのに忘れてて驚いちゃうんだけども、加えて今年は「あ、コラム原稿を書かなくちゃ・・・」と思ったのでした。

今回は鯨の話をしよう。政治的な話でも食文化の話でもない。鯨を食べる、ささやかな話。

鯨料理専門店は東京にもあるし、行ったこともある。鯨の大和煮や竜田揚げ、ベーコンはおなじみだ。けれどもなぜか印象が薄かった。それが数年前、前回登場した凄い野菜農家の熊澤さんに連れられて、県下一番の和食店に行ったときに、赤身のきれいなお刺身が出てきたのだ。
「お、料理長、アサイさんが来たから張り切ってるね」
と美しい刺身を見て、熊澤さんはニヤニヤ。山下料理長もニヤニヤ。
「鯨だよ、食べてみな」
脂のない、赤身だけのお刺身。生姜醤油を少しつけて口に入れると、スッと溶けるようにいなくなった。肉を噛んでいる感覚ではない。血のにおいが強いと言われるが、まったく感じない。なんと軽やかなんだろう、鮮度の良さゆえなのか。初めて鯨肉をおいしいと思ったのだった。

そして高知ではそもそも「はりはり鍋」は鯨の畝須(ウネス)と呼ばれるアゴの部分を使うのだと教えてもらった。三枚肉のような形をしていて、下部は肉、上部はゼラチンと脂肪でできている。口どけのいいコラーゲンと脂、タンパク質の塊だ。これに水菜の原種ともいわれる潮江菜という葉野菜を合わせて食べるスタイル。この組合せでいただくと、べたつきのない、食べたことのないきれいな旨み、体にアミノ酸が満ちるような感覚になる。美容に最適です♡。

遠く高知でしか食べられないと諦めていたのだが、先週ついに!! 東京の百貨店の魚売り場で発見したのですよ。生のミンク鯨の赤身肉とウネス。岩手産とあったから、定置網に偶然かかったものではないかと思われた。ウネスは脂肪なのでほとんどの場合軽く冷凍してスライスされるが、発見したのは生のままスライスされたもの。薄く切れないので、分厚く、やや不揃い。そして・・・、100g1380円と恐ろしく高額だった。

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再現した鯨の刺身。とろける口どけ。
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はりはり鍋投入前のウネス、ぶ厚い!きれいなピンク色。幅10cm。潮江菜、ネギ、豆腐。このために固めの豆腐を買ってきた。
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沸いたはりはり鍋。出汁は昆布と煮干し。ウネスは少し煮たほうがいい。一瞬硬く締まるが、ふたたび柔らかく緩んでくる頃が食べごろ。コラーゲンが濃厚なので、一人2〜3枚が適量かもしれない。潮江菜からも甘みが出て、煮汁がうまい。
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これが潮江菜。日本最古の葉野菜ではないかとも言われている高知の在来野菜。東京ではまだ売っていないので、高知から取り寄せ。
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一緒に煮たかちかち豆腐。かちかちは商品名で、堅豆腐。中国から日本に伝来した時には水気の少ない堅豆腐の製法だったが、江戸時代に現在の絹ごし、木綿のような柔らかいものに改良された。いまでも日本各地の山間地を中心に残っている。縄でしばって運べるほど固い。肉を噛んでいるよう。
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鍋のアフターの〆は雑炊。一晩鍋の中に残っていたウネスはほどよく煮えて、むちむちの弾力。
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こうして滅多にお目にかかれない鯨の生肉を堪能したわけだが、食べ終わった後、ふと蛸のサンダル的にはイカのスリッパ、鰻のブーツのように、鯨のはきものも命名しなければならない!という気がしてきた。

日本が誇る写真家のひとり、仲佐猛さん。レストランやショップなど商業施設のインテリアを撮影し、デザインの意図する色、夜間の照明を生かした雰囲気(実はとても撮るのは難しい)を醸す、インテリア写真の巨匠。蛸のサンダルのイラストを描いてくださいと頼んだら、なぜかイカを描いてくれた。
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東急グループが社運を賭けて取り組んでいる東京・渋谷の再開発(完成は2030年だとか?)。その全体設計を手がける女性デザイナー、若き才媛、田中圭さん。蛸のサンダルを描いてくださいと言ったら、ううう蛸、、、と唸り、じゃあ鰻でと依頼。さすがデザイナーは絵が本職。かわいらしく、すばらしい。初登場、鰻のブーツ。
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さて、鯨は何を履いているのか?
パンプスか、それともアディダスか?
次に出会うプロフェッショナルには「鯨の絵を描いてくれませんか?」と聞いてみることにしよう。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

出版社 柴田書店勤務。外食業担当からキャリアをスタートし、料理技術、宿泊業、製菓製パンなど幅広いジャンルをカバーする食の編集者。パティシエの小山進さんや辻口博啓さんの書籍などを担当。「mook 洋菓子材料図鑑vol.4」編集長、「mook The Coffee Professional」編集長など。趣味はベランダ園芸。今夏はジャガイモとナスを栽培中。