bn_shiho

「かわいくないカフェに座ろう」

荻窪の片隅で、カフェと北欧ヴィンテージショップを開いて5年。

わずか6.8坪のカフェスペースと、1.2坪のヴィンテージショップは、
気を抜けば通り過ぎてしまうほど間口も小さく、ドアを開ければ強面のマスターが待っている。
キャッキャするには、ちょっと難しい場所。

ジャンルとしては「北欧カフェ」と言われているけれど、残念ながら多くの人たちが想像する「かわいい北欧」が、私のカフェには存在していない。

c_istut02-2

ま~ったくも~、あまのじゃくなんだから~。
どうしてそこまで「かわいくない北欧」にこだわるの~?
という声が聞こえてくる~。

そう。
「かわいくない北欧」。
そこにこだわる理由。

そのひとつは、男性や高齢者の方、車椅子を使う方にもごく普通に入ってもらえる「シンプルな場所」にしたいなあ、という強い願いがあったから。
そしてこの願いは、今もまったく変わっていない。

でも、最大の理由は、
「北欧」って、実際はそんなにかわいくなかったりするからなのだ(ここ大事なところ)。

北欧は、「実用的」「ドライ」「ミニマル」といった「削ぎ落された美」に溢れている場所なのに、日本ではどういうわけか、「北欧」イコール「かわいい」というイメージが強すぎる。そのことに、私はどうしても違和感テンコ盛りなわけで・・・。

北欧に限らず、ヨーロッパの隅々まで旅をしていると、「旅とカフェ」は切っても切れない「2個イチ」セットに自然となってくる。
私も20代の頃から、欧州の数多くのカフェにお世話になってきた。

そして、その度に感じてきたことが、
「日本のカフェは、かわいさを作り込み過ぎているのかなあ」ということだった。
それがある種の薄っぺらさや、居心地の悪さを生んでいるのでは?と。

欧州にある個人経営のカフェのほとんどは、ドライでフランクでクール。
「ハロー」と「サンキュー」のスマイルを、お店とお客さんが気さくに交わし、あとは放ったからし。
良い意味で「てきとー」だし、それが絶妙で、実に心地良い。

荷物を入れるカゴもなければ、お水も出てこない。
あくまでもお店のペースで時が流れていくから、オーダーにもそこそこ時間がかかる。
それにイライラする人は一人もいないし、急いでいるならチェーン店へ行くし。

北欧のカフェも、そんな場所。
シンプルで、身近で、スッピンな場所。
そこに「美しさ」はあっても、「かわいさ」は存在していない。

「そうだ。こんな場所を、日本でも作りたい。」

お店とお客さんの信頼関係がきちんと存在していて、
ハローとサンキューのスマイルもきちんと存在していて、
あとは、お互いを尊重しあい、そーっと放ったらかす。

やがてそれが、その人にとっての、
「不思議となんだか落ち着く、心地良い場所」になっていく。

そんな

c_istut02-5

この強い想いが私のカフェのカタチとなり、5年が経つ。

そして今、少しずつだけれども、
誰かにとっての「なんだか落ち着く場所」に、不思議となりつつあるようなのだ。
強面のマスターが丁寧に淹れるコーヒーを飲みながら、
そーっと放ったらかされる時間を楽しむ人たちが、不思議と増えてきているみたいなのだ。
かわいくないカフェに座り、各々の時間を楽しむ人たちの横顔を眺めつつ、
うしし。嬉しいぞ。これでよいのだ。
と、今日も厨房でついついニタニタしてしまう私だったりする。

 

 


著者プロフィール

月刊連載『旅のち、たびたび北欧へ』毎月16日公開
prof_shiho伊藤 志保(いとう しほ)

カフェ「istut」のオーナー&厨房担当
自らが買付ける北欧ヴィンテージショップ「2nd istut」も営む
古いモノ、ヨーロッパ、蕎麦、ワインが好き
1969年生まれ 長野市出身