Madame Claudine / マダム クラウディーヌ

前回の「僕はガラクタ好き」の続き。

それは2010年の早春3月の寒い日、19区の(Vide-grenier – Brocante, Avenue de Flandre) ガラクタ市へ行ったときのこと。

パリの20区はそれぞれ違う顔をもった街で、多彩な人種が住んでいる。そのためガラクタ市が開催されるQuartier(カルティエ:界隈)を選んで行くようにしている。さもなければ酷い不用品にしかであえないが、まずはそこへ何度か足を運んでみないとわからない。
今は億劫になってしまったが、パリ郊外はイル・ド・フランス内のガラクタ市へ行って、いい出会いがあった場合は小躍りして喜んでしまうが、空振りに終わってしまえば帰りの足取りは重くどっと疲れる。

このカルティエ19区のガラクタ市はパリ市内では大きな500の出品者が集まる。初めて行ったときの街の良い印象が残っていたので、もう一度足を運んだ。
終盤にさしかかり今回は収穫なしと思い始めていたころ、移民の方々の出品者に混じって一人の綺麗な白人マダムが店を構えていた。
彼女のテーブルは商品をごちゃごちゃ置かずに、一流店のショーウィンドーのように素敵な布を敷いた上に商品がならび、上品なたたずまいで見る人の足を止める魅力的な店構えで人が絶えなかった。
僕は「はっ!」として、彼女の店に立ち止まり一つ一つ食い入るように見ていると、
彼女、「ボンジュール ムッシュー、どうぞ手にとってみて下さい。」
僕、「ボンジュール メルシー マダム、素敵なカップですね。」
彼女、「それはカップとソーサー付きで2組しかないけど、1876年から1884年代までのCreil et Montereau(クレイユエモントロー:陶器会社)でコーヒー用よ。」
僕、「本当に?100年前のモノですか?、マダム詳しいですね、プロの方ですか?」と、
そのカップとソーサーを触ってみると、耐久性を考えて作られたモノではなく繊細で暖かみある不揃いな作りだった。
へたくそなフランス語で疑いながら結構失礼に言ったにもかかわらず、
彼女はやさしく、「私はプロじゃないわ、ただの愛好者よ。これを見て下さい。」
と、手渡された数枚の紙には器の裏についてる陶器会社の年代別1800年から1955年までの世代交代していった刻印がプリントされていた。

このマダム面白い人だと思い。いろいろ話し始めると、彼女は前職時代に衣類に使用する布の買い付けを日本の神戸へ仕事で来日したことを話してくれた。
親日家の彼女にだんだん心惹かれて、彼女が出店する予定のガラクタ市のスケジュールを
事前に聞いて、それからは彼女に会いに週末のガラクタ市へ足を運んだ。

彼女の商品には古ガラスもあり、いつものようにひとつのグラスを紹介してくれた。
その古ガラスは、19世紀半ば皇帝ナポレオン三世(1852~1877)時代に
貴族たちの中で流行したViolette(ヴィオレット:スミレ)を活けるための花瓶だった。
とくに花を活ける趣味はなかったが、ガラスの花瓶を購入した。
そして彼女からこの古ガラスが紹介されている本を僕に譲ってくれた。
驚いたと同時に彼女から、「この古ガラスの本を参考にいろいろ探してみると楽しいわよ。」
と喜んでいる僕を見て言ってくれた。それ以来、この本に載っている古ガラスをガラクタ市で見つけては彼女に報告するととても喜んでくれた。

c_ito3-2

いつも彼女から、新しいものと違って古いモノはその当時造られた時代背景や、
何人もの人から人へ受け継がれ、モノを長く大切に使うフランスの日常文化は素晴らしく、
現代の生活にも自然に馴染んでしまう不思議な力があると教えてくれた。
確かに、我が家にあるガラクタたちは昔から使ってきたかのように愛着がある。

マダム クラウディーヌ。彼女は今ガラクタ市の出店をやめてしまって僕は残念だが、
彼女から教わった知識の源泉は、僕のフランス生活を豊かにしてくれている。

c_ito3-1


著者プロフィール

月刊『Les miettes de pain』毎月28日公開
icon_mayumi伊藤 源喜(いとう もとき)

京都出身。関西のパン屋さんで就職後、2006年に渡仏。
良い事も、悪い事も受け入れながらパリで日本人妻と生活中。
現在はLa Boulangerie du Nil に在職中。
www.terroirs–avenir.fr