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セザンヌの暴力

「山そのものがあちらから、自らを画家によって見られるようにするのであり、この山に向かって画家はその眼差しで問いかけるのである。」 (メルロ=ポンティ『眼と精神』 1960)

 その山とはおそらくサント・ヴィクトワールであり、画家もおそらくセザンヌである。

c_ninagawa13-1 セザンヌの暴力。今月、自分自身に分け与えたこのタイトルが、いまも私にいささかの苦しみを味わわせている。加害者も被害者もよくわからない、乾いた油絵の具の中で、物蔭は際立ち、漲るものを削ぎ落とし、滴り落ちるものを薙ぎ倒しては、美の血栓のように感受性の行く手を幾重にも塞ぎながら、なおも色彩は絵描きの手のひらに有り余るからだ。目は口ほどに物を言い、指先は視線の中の形象とその震えを、残り余さず描き取ろうとする。セザンヌの作品に向き合う場合の〈暴力〉とは、何よりも彼がのこした「静物画」に共鳴する。そこでは日常の用語と統辞法がのみこまれ、角度を持たない揺らめきに誰もが身を竦める。

 1861年、まだ22歳のセザンヌは故郷プロヴァンスを離れパリに身を移すが、ほどなく絶望に取りつかれた。

「プロヴァンスの空気に触れれば元気が取り戻せるだろうと、彼は自分に言いきかせていた。再び自然に向かって仕事がしたかった。今になってみると、アルクの丘陵のあんなにはっきりした面、しっかり腰のすわった庭や松、トローネの赤い土壌が、自分の支えになってくれそうな気がしてきた。パリの近郊でいくつかの試みをした。友だちのギヨーマンと一緒に、イッシー・レ・ムーリノーの古い公園で、それからマルクッシで絵を描いてみたが、ああいうふうに木が繊細に立ち並んでいる風景や、粘土質の土手や、柔らかな樹液は、彼の炎と燃える目には適したものではなかった。彼は力と暴力のみを夢見ていた。」

(ガスケ 『セザンヌ』 1921 與謝野文子訳)

 ここに言われる暴力、力とはおそらく、描かれた画面から発しながら、あたかも同じ画面に沁みこんでいくような無数の光であり、しかもそれらの光の源は刻々と姿を変え、自らの住みかをも転じる。人間の思い描く次元などものの見事になきものにされる。放たれた光とその光源(みなもと)の間にはさまざまに捻じれた緊張がみなぎる。絶え間のない軋みにも晒され、描き出された画面にしても何とか自らを保とうと、不断の努力を積み重ねる。そこでは虚しさだけが見たこともない輝きに満たされていく。
 セザンヌの静物画からはいつでもギシギシと、決してカタストロフには繋がることのない活断層の、呻きにも近い囁きが湧き上がる。静止画像であればこそ、とどまるところを知らないいくつもの力の微粒子が、色彩の中に折り重ねて描き込まれている。それこそが形あるものすべての臨界点だ。素材をのりこえ、プロシア風の暖炉、洋梨、李(すもも)、両腕の失われた石膏の愛神によって、私たちはいつでも共振させられる。そのための心の準備をしておかなくてはならない。さもなくば眼から精神が永久の別離を言い渡される。

「しかしわれわれが画家であり始める途端に水の真っ只中、色彩の真っ只中、現実の真っ只中を泳いでいるのだ。直接、われわれは物体とじかにとっくみあう。物体がわれわれを持ち上げるのだ。一つの砂糖壺はシャルダンやモンティセリの絵と同じくらいわれわれのことやわれわれの芸術のことを教えてくれる。そういうものより色が鮮やかなのだ。われわれの絵のほうが、静物画[死んだ自然]になるのです。」(ガスケ『セザンヌ』 1921)

 晩年の彼は生まれ故郷のアトリエでこう言い残すと、絵を描きながら死ぬのだと自らに誓った。

 世に言う「静物画」とは訳語であり、その原語は英語名の still life(静止した生命)だろう。life とは、とみに多義的なものだ。それがフランス語に身を転じるとnature morte(死せる自然)と呼ばれる。lifeとmort、生と死、その表現は余りにも対照的だ。あえて訳すとこちらは「死物画」。なるほどこのジャンルの絵画には、生から死へと、付きまとって離れることのできない力が、あたかも表現を成し遂げるための暴力のごとく、居住まいも正し光彩にも恵まれ、アトリエの凪の中、渚の満ち引きを繰り返していく。見えるものから見えないもの、見えないものから見えるものへと。

 スイマー、レスラー、かと思えば、物体によって高々とリフトされるバレリーナ、筆を持ち、パレットを手放さず、その名は絵描きのセザンヌだった。

2017.3.10  東日本大震災から6年目を迎える前の日に

 

著者プロフィール

mensuel『一路多彩 -pluralité unique-』毎月10日公開
nina蜷川泰司(にながわやすし)

1954年京都市に生まれる。文芸作家。2003年に最初の長篇『空の瞳』(現代企画室)でデビュー。2008年には、対話的文芸論『子どもと話す 文学ってなに?』(現代企画室)を上梓。
2013年の作品集『新たなる死』(河出書房新社)の冒頭を飾る「コワッパ」の執筆にあたっては、舞台となるル・プチメック今出川店からのご協力をいただき、店舗への取材を重ねている。
21世紀の初めから現在まで、第二の長篇『ユウラシヤ』に取り組んでいる。2015年9月、そのプロローグにあたる『迷宮の飛翔』(河出書房新社)を発表。今年(2017)は第1部にあたる新作『スピノザの秋』を刊行する。