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第十四回 映画『ダーティハリー』

ハリー・キャラハン刑事(クリント・イーストウッド)が、ホットドッグを一口かぶりついた瞬間、ホットドッグスタンドの向かいで銀行強盗が起きる。
彼は「やれやれ」という表情でホットドッグを置き(お楽しみのホットドッグを一口であきらめなくてはならない無念よ)、もぐもぐ咀嚼しながら、逃走する2人の実行犯を狙撃。
一口のホットドッグを飲み込む前にたったひとりで銀行強盗を解決する。

この冒頭近くのシーン、ホットドッグひとつで主人公のキャラを説明し尽くす(そんな映画が他にあるだろうか?)。
銀行強盗が起きた瞬間、一般的刑事ドラマなら「すわ、事件か!」と血相を変えて飛び出していくけれど、クリント・イーストウッドの場合、ホットドッグにまだ未練がある。
犯罪都市サンフランシスコで凶悪事件はあまりにも頻繁で、もはや倦み飽きているらしい。
また、ホットドッグをあせってぜんぶ食べちゃうのでもなく、投げ捨てるのでもなく、表情も変えずゆっくりと置いて歩き出すところに、敏腕刑事の余裕と斜に構えたシニシズムが見え、観客にとっては余計にヒーローらしく見えるのだ。

このとき、足を撃たれて倒れた犯人が、落とした銃を再びとりあげ抵抗しようという構えを見せたため、キャラハンは銃で威嚇しながらゆっくりと近づく。
「弾は6発。何発撃ったか覚えてない。勝負しようか。もし弾が入ってなかったらおまえの勝ち。弾が入ってたら…。おまえの脳みそは大型の銃で吹き飛ばされる」
抵抗をあきらめた犯人が、キャラハンに向かって尋ねる。
「教えてくれ。1発残ってたのか、入っていなかったのか」
キャラハンは答えず、銃口を犯人に向ける。
恐怖に顔をゆがめる犯人。
引き金を引く。
カチャッ(引き金の音。弾は残っていなかったのだ)。

降伏した犯人に向けて引き金を引くこと。
これはまったく余計で、法律に則ってないし、事件解決にも役立っていない。
ホットドッグを食べ終わるのを邪魔された私怨を晴らすか、次から次へと悪が生まれてくる社会状況を呪っただけだ。
まさに、彼はこの性格ゆえに「ダーティ」なのであり、法律も人権も無視、実力行使で犯人逮捕に突き進む、異形の敏腕刑事なのである。

法律の融通のきかなさや、お役所の事なかれ主義や、犯人の人権さえ守ろうとするヒューマニズムを、汚い手段に訴えてでも乗り越え、弱きを救うスーパーヒーロー。
昔見たとき溜飲を下げたこの性格造詣に、いまや別の感想を持つ自分がいた。
トランプ現象ってこういうことなんだな、と。
社会や政治へのいらいらを実力行使で突破する正義の味方を、アメリカ人はずっと待望しつづけていて、「ダーティハリー」が作られた40年前からきっと変わっていない。
それどころか、みんなが銃を腰につけて、腕一本で強盗やバッファローと対峙していた西部開拓時代までさかのぼるのだろう。
そんなことを思いながらDVDのスイッチを切った。

この連載では、映画に出てきたパンを毎回再現している。
では、ハリー・キャラハンのホットドッグはどんなものだったか。
ホットドッグスタンドのカウンターの中で、中年の主人が、保温機の中にあったソーセージを、同じく保温機の中のドッグパンにはさむだけ。
レリッシュも玉ねぎもなく。
キャラハンは、そこにマスタードのみ一筋絞って口に運ぶ。

私はそれを再現するためキッチンへ向かおうとしたが、急に気を変えた。
ハリー・キャラハンのホットドッグは、自分で作るよりもっと精巧なコピーが、町の中で売られているではないか。
家の近くのハンバーガーチェーンA店に駆け込んで、注文する。
「ホットドッグを野菜抜き、マスタードだけで」
ほどなく出てきたサンドイッチを口へ運ぶ。
ふわふわして甘くて、昔から家や遊園地で食べてきたホットドッグのイメージに近い。
おいしいけど、でもこれはハリー・キャラハンのホットドッグではない。
イーストウッドが苦虫をかみつぶしたような顔で食べるホットドッグは甘くてはいけない。
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ハンバーガーチェーンB店。
A店よりマイナーだけど本格志向で差別化をはかっている。
私はこの店のホットドッグが好きで、20年前から食べている。
だからひょっとしてハリー・キャラハンのホットドッグに近いのではないかと期待した。
断腸の思いだったのは、再現のため、「オニオン&ピクルスなし」で頼まなくてはならなかったことだ(このホットドッグのおいしさのかなりの部分はレリッシュによって支えられている)。
A店にくらべたらパンは甘くなかった。
でも今度はふわふわではなく、もちっとしていた。
ハリー・キャラハンのホットドッグは、ふわでも、もちでもなく、表面だけざくざくっと割れ、中身には密度があって静かに沈み込む、そんなイメージだ。
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カフェチェーンC店。
入ってみると、この店では「ボールパークホットドッグ」という商品名がつけられている。
本場アメリカをイメージしたものなのだから、近いかもしれない。
たしかに甘くはなかった。
だが、残念なことに丁寧すぎた。
パン酵母(イースト)ではなく、発酵種で作ったパンのような、もっちり感や味わいだったのだ。
いつもなら歓迎だが、今日はちがう。
ハリー・キャラハンのホットドッグはきっとそんなに複雑ではない。
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そのあと、パン屋さんも覗いてみたが、そこにあったのはホットドッグではなく、「ソーセージロール」だった。
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肝心な店を忘れていたことに気づいた。
ホットドッグといって誰もが食べたことがあるのは、カフェチェーンD店のものではないか。
カウンターからそれが出てきた瞬間、これだと思った。
がさがさの表面、デフォルトで野菜もピクルスもケチャップも抜き、マスタードだけ。
味はどうか。
甘くない。
ふわっと弾まず、もちっと引きもせず、ほんの少しの質感を感じさせ沈み込む。
マスタードはしっかり辛く、ソーセージもスパイシーだ。
やっぱりこれだ、これがハリー・キャラハンのホットドッグにちがいない。
マスタードがあまりに辛く、鼻につーんときて、目頭が熱くなった。
「泣けるぜ」
そう口走ってしまいそうだ。
みんなにいちばん支持されているだろうホットドッグ。
それが子供やお年寄りへの配慮もなくけっこう攻めていて、かつ外国のニュアンスに近いことは、ちょっとした発見であった。
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スターバックスコーヒーに行ってみようと思ったが、即座に打ち消した。
スタバにホットドッグはない。
私の住む決して大きくない町でさえ、どこもかしこもホットドッグがあるのに、本場アメリカからきたスタバにホットドッグがないのは奇妙である。
そこまで考えて、思い至った。
きっと狙いだろう。
従来のコーヒースタンドと一線を引いていることをアピールするために、ホットドッグをあえて置かなかったのではないか。
もし、この推理が当たっているとしたら、ホットドッグってすごい食べ物だ。
それがあることだけでなく、ないことでも存在感を示すのだから。

 


著者プロフィール
月刊連載『月刊 池田浩明 やっぱりパンでした』 毎月3日公開

icon_ikeda池田浩明(いけだひろあき)

パンラボ主宰、ブレッドギーク(パンおたく)。
パンを食べまくり、パンを書きまくる人。
パンラボblog(panlabo.jugem.jp/)、twitter( @ikedahiloaki )、朝日新聞デジタル「このパンがすごい!」でパン情報発信。
もっとおいしく安全な小麦を日本に広げるプロジェクト「新麦コレクション」代表。