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「しつこくて、不便な旅」

村上春樹の作品の中に、私の好きな言葉がある。

「休暇と友だちは、人生においてもっとも素晴らしい二つのものだ」

主人公がフィンランドを訪れるシーンで、この言葉と出会う。
私は入院中のベッドの上で、この言葉と出会った。
何度かこの言葉を読み返し、そして病室の天井を長いこと見上げ続けた。

私にとっての「休暇」。
それは「旅」なのだと思う。
「旅」は私の人生だし、私の人生は「旅」みたいなものだとも思う。

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が、決して私は旅の達人ではない。
単純に、「しつこい旅」や「不便な旅」が好きなだけだ。

「わー、めんどくさー」
「そんな旅が休暇になるの?」

ふふふ。
そもそも私の性格は、相当しつこい方だと思う。
一度好きだと思うと、
同じ国の同じ街に何度も行ってしまうという、奇妙な癖を持っている。

ちなみに、
今まで旅をしてきた国を数えてみたところ30ヶ国は超えていて、
訪れた街については60ヶ所を超えている。

でも重要なのは、
その旅先の多さではなく、
例えば「パリ」だけで10回も訪れているという、しつこい点なのだ。

しかも、そのうちの1回については1ヶ月も滞在しているのに、
エッフェル塔も凱旋門も上ったことすらない。
まるで、東京に住んでいながらスカイツリーに上ったことがないのと同じだ。

と、
こんな調子で、
特に観光もせずに、ひたすらリピートをしてしまう旅先が私には何ヶ所かある。

「え、また行くの?」
「そ、また行ってしまったのよ」

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そんなしつこい私の旅は、若い頃から同じパターンで、
現地のアパート(空き部屋)を借りるか、
短期ならば共同キッチン付きの安宿を探す。

今でこそ、Airbnbなどの民泊システムもメジャーとなり、
何でもネットで予約も支払いもでき、
「暮らすような旅」も簡単にできるようになったけれど、
私がこのスタイルを始めた頃は、随分と不便な時代だった。

空港から大家さんに電話を入れて待ち合わせ場所を決め、
不動産契約をその場で交わし、
家賃のデポジットを現金で行い、
ようやく部屋が借りられる、という作業。

地域によっては英語が全く通じなかったり、
どこか「イチかバチか」な匂いもして、
部屋を借りるだけでもヘトヘトになる。

「せっかくの海外で、そんな時間はもったいないよー」

うん。そうかも。

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そもそも、
誰かの空き部屋を借りるわけだから看板などあるはずもなく、
歩けど歩けど部屋が見つからない。
動きますと言われた洗濯機はコトリとも動かず、
手洗いのしすぎで手の皮は剥けるし。
完璧ですと言われたキッチンに包丁もお皿もない時や、
バッチリですと言われたシャワーが水しか出なくて、
ブルブル震えながら寝た旅もある。

インターネットがようやく広まり始めた頃は、
少し便利になったような気持ちに染まったのだけれど、
もちろんWiFiなんて言葉すら存在していなかったから、
大きくて謎めいたモデムを大家さんに用意してもらうのにもひと苦労だった。

不便だ。
完璧すぎる不便な旅だ。

こんな旅を20年も前からしてきたわけだけから、本当にしつこい。
そして気が付けば、リピート先はヨーロッパばかりだし。

これでも若い頃には、
手軽に行けるアジア方面で食い倒れてみたり、
ビーチリゾートでビキニになったりもしてきた。

でも、どうしても。

少し哀愁のある静かな裏路地で、暮らすように過ごしたくて、
地元の市場で新鮮な食材を買い込み、好きに料理をしながら過ごしたくて、
地元のカフェで街行く人たちを眺めながら、ただただボーっとしたくて、
ヨーロッパにばかり足が向いてしまう自分がいる。

そう。
これが「私の旅」なのだ。
しつこくて不便な「私の休暇」なのだ。

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そしてそれはやがて、夫をも巻き込んで、
バックパッカー世界一周9ヶ月の旅に出てしまうという、
「人生のターニングポイント(緊急事態)」へと繋がっていくわけで。

あの長い二人旅がなければ、
今の仕事は始めていなかっただろうし、
北欧への想いも違ったものになっていたと思うわけで。

イースター島もマチュピチュも、本当に素晴らしいし、
ブエノスアイレスも、ニューヨークも、パレルモも、
みんな、みんな大好きな場所だ。
「ああ、また行きたい!」と、いつも心から思っている。

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なのになぜ、
今の私はフィンランドへ行ってしまうのか。
なぜこんなにも惹かれ、しつこく足を運んでしまうのか。

その大きなキッカケとなった、世界一周9ヶ月の旅については、
これまたいつか、別のタイミングにて。

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著者プロフィール

月刊連載『旅のち、たびたび北欧へ』毎月16日公開
prof_shiho伊藤 志保(いとう しほ)

カフェ「istut」のオーナー&厨房担当
自らが買付ける北欧ヴィンテージショップ「2nd istut」も営む
古いモノ、ヨーロッパ、蕎麦、ワインが好き
1969年生まれ 長野市出身