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3月 桜餅

 ぼくの生まれ育った北海道の田舎町では、春の和菓子といえば桜餅とうぐいす餅だった。つぶつぶねちねちした桜餅の食感があまり好きではなく、求肥で餡を包んだうぐいす餅ばかりを食べていた。ところが、東京で暮し始めてしばらくしてから、和菓子屋で売られている桜餅が、自分の食べてきたものとはずいぶん違うことに気づいた。東京のそれは、クレープのような皮で漉し餡をくるっと巻いている。これがすごく好みの食感と味だったので、それから後はうぐいす餅には目もくれず、桜餅ばかり食べるようになった。自分が子供の頃に食べていた(正しくはあまり食べたくなかった)桜餅は、東京では「道明寺」と呼ばれていた。
 つい先日、桜餅を買おうと思って百貨店の地下食品売り場にいったら、和菓子屋が2軒あったがどちらも道明寺しか売っていなかった。もう子供じゃないので、道明寺はイヤだという気持ちはすっかり薄らいでいる。だから道明寺を買った。家に帰ってお茶をいれて、さて食べようと包みを開けたら、小さな栞がついている。そこに道明寺について詳しい説明が書かれていた。
 道明寺は道明寺粉を蒸して皮をつくる。どうやら京都発祥のお菓子らしい。関西はそちらが普通。それに対して関東の桜餅は小麦粉を水でといたもので薄い皮をつくる。ぼくの田舎では道明寺のことを桜餅と呼んでいたことになる。関東と関西の境目が箱根の関所なのか逢坂の関所なのか、いずれにしても北海道は明らかに関よりも東になるのに、桜餅は関西風の道明寺であることには、どうやら北前船が関わっていたようだ。
 ちなみに関西で、関東風の桜餅を「長命寺」と呼ぶことがあるのは、隅田川べりの長命寺の門前で墓参の人をもてなした菓子が起源とされているからだろう。長命寺の桜餅は皮で餡をくるりと巻くのではなく、二つ折りにして餡を包み込んである。それをくるむ桜の葉はたしか3枚。さて、ここからが本題なのだが、この桜の葉はやはり食べるべきものなのだろうか。みんなはどうしているのだろうか。桜の葉っぱの塩けと餡の甘さが混ざり合ってちょうど良い塩梅になってんだからよ、食べねえのは野暮ってもんだぜ、子供じゃあるめえし。まあ、血圧が心配だってえんなら、2枚ははがしてもいいけどな、せめて1枚は一緒に食わねえと桜餅の意味がねえじゃねえか。と、江戸っ子にどやしつけられそうだが、ぼくは子供の頃からまるで進歩なく、桜の葉っぱはきれいにはがしてから口にいれる。それでも桜の香りが鼻腔をくすぐってくれるから、ぼくには充分に桜餅の意味はある。

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著者プロフィール

月刊連載『好物歳時記』毎月14日公開
icon_okamoto岡本 仁(おかもと ひとし)

ランドスケーププロダクツ
北海道生まれ。いろんな町をブラブラして、いつも何か食べてる人
と思われていますが、いちおう編集者です。
著者は『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』『果てしのない本の話』など。
雑誌『暮しの手帖』で「今日の買い物」という旅エッセイを連載中。