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十四杯目 僕の喜怒哀楽

自分は感情表現が下手なほうかもしれないと考えるようになったのは、わりと最近のことだ。喜怒哀楽でいうなら「怒」が一番下手だと思う。

小学校のとき、「怒る」の反対語は「笑う」と習ったけど、いまだに違和感がある。我を見失うほど怒ることは自分の価値を下げるだけだと思い、怒りの感情をコントロールしていたら、いつのまにか、本当の怒り方を忘れてしまった。

「喜」と「楽」は得意だ。嬉しいときはきちんと喜びを相手に伝えるし、日ごろからよく笑うほうだと思う。シワが増えるのは嫌だけどこれだけはあきらめている。「笑いジワは幸せに生きた証拠なの。笑いジワの多い人になりなさい」と教えてくれたのは、おばあちゃんだっけ。

学生時代、仲良くない女の子に「なんで、いつもそんなに笑ってるの?」と言われたことがある。名前も顔も忘れたけど、常に自分と他人を比較する子だった。悲しい人だなと思ったのだけは覚えている。

僕には「嫉妬」という感情がない。誰かの自慢話を聞いても、羨んだり、妬ましいと感じることはない。理由はわからないけど、自分がとても個性的だから、人と比較しようと思わないのかもしれない。

「哀」の感情は、まだうまくコントロールできないでいる。映画を観ても、音楽を聴いても、本を読んでも、人を好きになりすぎても、涙を流す。本物に感動して泣くのはいいことだけど、スポーツ観戦でも涙が出るからちょっと恥ずかしい。「人は汚れれば汚れるほど、涙もろくなる」と聞いたことがある。だったらもっと、涙もろくなってやろうじゃないか。

よく落ち込むけど、その姿を誰かに見せるのは好きじゃない。落ち込んでいるわけを人に話すとき、どうしても言い訳が生じてしまうのが不快だから。

そんなときは、行きつけのバーに飲みに行く。静かな店を選ぶこともあるし、開店すぐの客のいない時間を狙うこともある。マスターたちは、何も言わなくても、マドラーを使って、狭い水槽から抜け出したい金魚のような僕を上手にすくい上げてくれる。

新しい水槽に連れてってくれることもあれば、もとの水槽に戻されることもある。どちらにせよ、ほんのひととき、別の器に入れられることで、僕は息を吹きかえす。

金魚すくいは幼いころから得意だった。1枚の紙で30匹はとる。さほど難しくない。露店に並んだ水色の水槽のなかで、楽しんでいる金魚と、泳ぎ疲れた金魚を見極める…。

来月にはバーをオープンしたいと思っている。「トースト」という名の水槽で、泳ぎ疲れた人を見つけたとき、マスターたちのように、僕も静かに救ってあげることができるだろうか。


著者プロフィール

月刊連載『外苑前マスター(まだ準備中)のひとりごと。』毎月15日公開
icon_saeki佐伯 貴史(さえき たかふみ)

コーヒー会社で営業を経験後、雑誌の編集に興味を持ち『R25』『ケトル』等の媒体に携わる。いま、外苑前にバーを開くための準備を進めている。歌と本と旅と人が好き。餃子は酢とコショウで食べるのが好き。