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第十一色 三月

 公園のハクモクレンが一気につぼみを開き、枯れ枝の如く放射状に枝を伸ばすだけだったあじさいにも小さな葉が芽吹き始めた。それでも昨年梅雨どきに買い求めるも、翌日にいきなり萎れてしまった定植済みの私のあじさいに変化はない。依然、枯れ枝のまま。どうにか達者に第2シーズンを迎えてほしいが、予断は許さぬ極めてきびしい状況である。
 見上げると桜の枝には小さなつぼみがわんさと並び、デビューのときを今か今かとスタンバイ中で、梅は赤も白も花盛り、昨夜は歩道の隅に大きなカエルがうずくまっているのに遭遇した。少しだけあたたかくなったのを受け、さっそく土から出てきたのはいいが、夜の冷たさにいっさい動けなくなってしまっている姿が実に哀れであった。
 
 一日一日、春の訪れる足音が確実に近づいてくるのを感じるが、これから語るのは季節とは何の関連もないパンの話である。
 その前に、「歯ごたえ」について少々、行を割きたい。
 先日の準決勝は非常に歯ごたえのあるチームが相手だった、という使い方ではなく、文字どおり歯の感触について、厳密には前歯が咀嚼の際に受ける圧力を言い換えての「歯ごたえ」である。
 最も良好な前歯の噛み合わせとは、上あごの前歯が、下あごの前歯よりも少し前に出ている。さらには下あごの前歯の先端が、上あごの前歯の裏側に軽く当たる状態を言うらしい。この観点から判断するに、私の前歯の噛み合わせは良好ではない。なぜなら、あごを閉じたとき、上下の前歯が完全に一枚板のようにすとんと接続し、前後のズレがまったく生じない並びだからである。
 この場合、前歯であらゆるものの感触を計ることが可能になる。食べ物を口に運んだとき、まず前歯がそれを正確に切断する。そののち、右奥歯に運ぶか、左奥歯に運ぶか、のど奥に流しこむか、箸でつかんだ部分を皿に戻すかを選択する。まさにお口の税関だ。その気になれば、たらこの一粒であっても、前歯の間に運んで「ぷちっ」と潰し、たらこの皮の弾力を吟味することもできる。糸切り歯なんて要らない。前歯で何でも切断できてしまうからだ。
 
 そのような歯の構成ゆえが、おさなき頃より歯ごたえのある食べ物が好きだ。
 もはや、歯ごたえ至上主義と言ってもよい。
 もちろん、固ければそれでいい、という歯ごたえマッチョイズムに染まっているわけではない。対象が固いか、やわらかいかはさほど重要ではなく、あくまで心地よい歯ごたえが、前歯が噛み合う際に生じるかどうかが大事なのだ。
 シャーベットを前歯で両断するときの「シャク」という感触。「パリリ」と奏でられる薄いパイ生地のかそけき食感。ひたすら「プチ」の連続音とともに数の子を前歯で味わい続けるのは、正月のひとり風物詩となっている。お酒はぬるめの燗がいい。刺身は活きたタコがいい。
 必然、パンに関してはハード派となる。フランスパンの表面に前歯を打ち立てたとき、焼きたての皮がひび割れ、映画のクライマックス寸前で突然の地響きとともに崩れ始める神殿の床面のように、縦方向に、文字通り「歯向かって」くれたりしたら、もうたまらない。餅も、トースターの中でプクーッとぞんぶんに膨れるまで焼き続ける。かりかりになった表面を、前歯で破砕する瞬間を謳歌したいからだ。
 ただし、四六時中歯ごたえを求めているわけでもなく、カリッとしたものなら何でも得意なわけでもない。みんなが大好き「おこげ」は何がいいのかさっぱりわからないし、もちもちの食感だって大いに歓迎である。要はバランスが重要。私は歯ごたえ至上主義でも穏健派に所属する。
 
 そんな私がル・プチメックのパンに心打たれたのは、もはや必然の成り行きだったろう。
 出会いは雑誌の「京都モーニング特集」で、一日の午前中に京都市内の喫茶店を四軒回り、ひたすらモーニングを食べ続け、レポートに記すという仕事を引き受けたときのことだ。プチメックに関しては、モーニングセットがあるわけではなく、買い求めたばかりのパンをイートインのテーブル席でいただいたわけだが、まあ、とにかく驚いた。あまりに自分の好みドンピシャだったからである。しっかりとした歯ごたえの外の皮、味わいある内側、パイも「サクッ」ときて、我が前歯にとってこれ以上ない質感を備えていた。
 この一度の出会いで、すっかりプチメックのパンに惹かれた私は、東京は新宿マルイにある支店に、近所で用事がある際は必ず立ち寄るようになった。お気に入りは「青カビチーズとセロリのサンドイッチ」と「渋皮つき栗と柚子のパン」。特に午前中にいただく、出来上がったばかりの新鮮なセロリをはさんだサンドイッチの味はすばらしいのである。
 
 去年の四月のことだ。
 しこたまパンを買い求め、立ち去ろうとする私を、店員の女性が呼び止めた。
「ウチの社長が何かお願いあるそうなんで、万城目さんの連絡先教えてくれます?」
 メールアドレスを書いて渡すと、すぐにオーナーの西山逸成さんから連絡が来た。曰く、ウチのホームページで何か書いていただけないか、と。
 ちょうど、四月に入って世間にいっせいに色があふれ出す様を不思議に感じていたところだったので、ならば目に映る、心に映る月ごとの色の移り変わりを一年間追ってみたらどうだろうと思い、エッセイを書くことを決めた。
 西山さんには、図々しくお願いして、原稿料としてパンを送ってもらうことにした。毎月の原稿を送付すると、しばらくして段ボール箱いっぱいの冷凍のパンが届く。さすがにサンドイッチは無理だけれども、豊かな歯ごたえ満載のパンたちを一カ月かけて食べ尽くす。家から一歩も出なくても、我が家では毎朝プチメックのパンが食卓に登場する。前歯が朝からよろこんでいる。最高である。
 
 しかし、そんな超VIP待遇も、一年の約束の連載終了とともに、そろそろおしまいである。
 さらには、今年の五月をもって、新宿マルイに入っていた支店の営業が終了する。どうもマルイは、どれほどすばらしい宝物を手中に収めていたか、まるで理解していない。私はおかんむりである。新たな場所での出店に向け、いろいろ動きはあるようだが、しばらくの間、プチメック難民になるのは避けられぬ状況で、私は非常にかなしいのである――などと、解凍したのちトースターでチンしても、香りも歯ごたえも意外と損なわれないパンを、前歯から囓りながら、私はこの原稿を書いている。
 
 三月はパンの色。
 来月にて最終回。


月刊コラム『カタコト語る、万華鏡』 毎月25日公開
icon_makime<著者プロフィール>
万城目 学 (まきめ まなぶ)

1976年生まれ、大阪府出身。小説家。
おもな作品に『鴨川ホルモー』『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』などがある。
最新刊は『バベル九朔』。