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第十五回 映画『グッドフェローズ』

マーティン・スコセッシ監督による、実話を基にしたギャング映画。レイ・リオッタ演じるヘンリー・ヒルが、少年の頃マフィアの世界に身を投じ、「でかいヤマ」を「グッドフェローズ」(気の置けない仲間、あるいはマフィアのスラングで、同じ組のもの)たちと乗り越えるたびに絆を深めていく。警察に捕まっても口を割らない、仲間のことをしゃべらない奴はもっとも信頼される。一方、信用のない者はしゃべる危険があるので消される。命をなくすことと、金や権力が手に入ることが表裏一体の関係にある人間臭い世界である。

『ゴッドファーザー』でもそうだが、ギャングたちはしょっちゅう食事をしている。イタリアのマフィアたちは酒食をともにすることで団結を強めていくのだろうだが、そうではないのかもしれない)パンを切って、マスタードを塗って、ソーセージをはさんだホットドッグをみんな手にして、ワインを飲んでいる。

ソーセージだけを食べるのではなく、必ずパンにはさみたくなってしまうのは、パン愛好家の性(さが)であり、大いに共感できる。だがここには、私が「パーティでのサンドイッチ問題」と呼ぶ葛藤が存在している。つまり、おかずだけ食べるより、サンドイッチで食べるとすぐにお腹がいっぱいになり、30分ぐらいでできあがってしまうという難点である。

マフィアはサンドイッチが好きなようだ。立食パーティのオードブルみたいに、ハムやソーセージがたくさん並んでいるテーブルが映る。ここでも先のバゲット的パンが登場、やはりマスタードを塗ったハムサンドを片手にトランプに興じている。

マフィアたちは密告に遭い、全員刑務所に入る。だが、彼らが暮らすのはホテルのような一室だ。看守に袖の下を握らせればシャバ同様の暮らしができるのだ。「ムショでの楽しみは飯だ。肉か魚料理へとつづくパスタコース」とレイ・リオッタの声がかぶせられるのは、巨体を丸めてカミソリでにんにくをひたすら薄くスライスしている、マフィアの大ボス・ポーリーの姿だ。
「ポーリーは下ごしらえ担当。ニンニクを極薄で切るので、少しのオイルで溶ける」

ギャングたちがそれぞれの担当をこなすことでミートボールができあがっていく(これはマフィアが実際に悪事を働くときの共同作業に似たやり方だ)。ヴィニーと呼ばれる男が作るトマトソースは「玉ねぎが多すぎるがうまいソースだ」。ポーリーが声をかける「玉ねぎは少なめにしとけ」。

そこに、ずた袋を持ったレイ・リオッタが登場。先の短いバゲットを取り出して放り投げると、別の仲間が受け取ってテーブルに置く。袋の中からはサラミ、生ハム、チーズ、赤ワインとごちそうが次々出てくる。面会にくる妻に運ばせたものだ。

極薄に切ったニンニクで作るトマトソースのミートボールを作ってみる。カミソリが必要なので薬局に行くと、フェザーのステンレスカミソリが売られていた。幼い頃、父親がこれをフォルダーに入れてひげをそっていた。いまはT字カミソリに取って代わられたけれど、まだ売っていたのだ。

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にんにくをスライスする。恐る恐るにんにくに歯を当ててみると意外にすっと刃が入っていく。刃が紙のように薄いので、向こう側が透けるぐらい薄く切れる。理科の実験のとき顕微鏡で野菜を観察したときみたいだ。フォルダーがないので直接持っていたら指を切ってしまった。

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合い挽き肉をパン粉、玉ねぎ、牛乳、調味料といっしょに練ってボール状に成形、オーブンで焼く。そのあいだにトマトソースを作る。熱したオイルににんにくを入れて弱火で香りを出し、「多すぎる玉ねぎ」を入れる。トマト缶、ワインを入れ、水分を飛ばし、そこに焼いたミートボールを入れる。

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肉とトマト。単純だがおいしかった。私のような不器用な人間でも簡単に作れるものとしてはかなりおいしいものの部類に入るだろう。特に、トマトソースの上澄みのような透明な液体にパンを染み込ませて食べるとひじょうにうまかった。肉汁とトマトの旨味とニンニクのエキスが渾然一体に溶け出していた。極薄のにんにくの味はどうだろう。いつものトマトソースに比べ、後味に残るびりびりした感じがない。

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でも、肉の味やトマトの味が重なって、極薄のすばらしさがわかりにくかったので、ガーリックオイルを2種類作って、パンにしみこませて食べる実験をした。ひとつは極薄、もうひとつは適当に切ったもの。両方ともきつね色までオイルで熱する。にんにくものせて食べるとちがいは歴然としていた。適当に切ったほうは中に火が入りきらず、ぴりぴりしていた。極薄のほうはえぐみもなく、ポテトチップスみたいにばりばり食べられた。

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刑務所のような限られた空間、限られた材料でなんとかおいしいものを食べたい。その気持ちが生み出した料理法なのだろう。魯山人が納豆を千回混ぜる話を思い出していた。執念は食べ物をおいしくする。それはまちがいのないことだ。パンができるまでに厨房で流される汗、ときには涙。たくさんのパン職人に取材をさせてもらって、実感していることだ。

 


著者プロフィール
月刊連載『月刊 池田浩明 やっぱりパンでした』 毎月3日公開

icon_ikeda池田浩明(いけだひろあき)

パンラボ主宰、ブレッドギーク(パンおたく)。
パンを食べまくり、パンを書きまくる人。
パンラボblog(panlabo.jugem.jp/)、twitter( @ikedahiloaki )、朝日新聞デジタル「このパンがすごい!」でパン情報発信。
もっとおいしく安全な小麦を日本に広げるプロジェクト「新麦コレクション」代表。