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十五杯目 桜と僕と新しい門出

桜色の織物は、桜の花びらで染めるのではなく、花が咲く直前の樹皮をはがし、それを刻み煮だして染めるのだと知ったとき、なんだかとてもかなしい気持ちになった。

隣にいた同級生みたいに、素直にすごいと言えば可愛げがあったのだろうけど、僕にはできなかった。人間って貪欲だなと思っただけだった。

「若者は自由でなくてはいけないが、もうひとつ、潔癖でなくてはいけない」とは、好きな小説家の言葉。それが若者の特権だとするなら、その頃の僕は、自由ではなかったけど、潔癖だったのだろう。春になるといつも思い出す、13歳の頃の記憶。

大人はどうだろう。自分を潔癖だなんて思ったことはないけど、自由な人生を送っている自覚はある。結婚や子育てという、拘束つきの大きな幸せをあきらめた僕は、だったらどこまでも自由に生きてやろうと心に決めた。

何が自由かなんてわからないけれど、自由に生きるってきっと、嫌なものを排除するか、個性を全面に出すかのどちらかだろうと考え、それならばと、迷わず後者を選んだ。

自分の色がぎゅっと詰まった空間で生きてみたいと思い、バーを開くことにした。でもいざ準備を始めると、欲望をむき出しにして生きるって、想像以上に大変なことだった。自由なんてどこにもなかった。

大きな幸せをあきらめなければならなかった僕でも、幸せになれるんだぞって、誰かに知ってほしくて、ムキになって準備をしていた気がする。でも、虚しいとは思わなかった。途中でやめようとは思わなかった。

おかげで、多くのものを手に入れた。見返りを求めない協力者、仕事のパートナー、応援してくれるたくさんの人、はげましてくれる仲間、叱ってくれる友達、同業の方たちとの新しい出会い……数え上げたらきりがない。

何度も心折れそうになったけど、ようやく夢が実現する運びとなりました。青山通り(246)から外苑西通りを国立競技場方面へ曲がって約3分。ワタリウム美術館前の横断歩道を渡り、一本裏通り沿いにある雑居ビルの三階に、ひっそりとオープンいたします。

大きな窓と、枕木を使った重厚なカウンターが特徴です。カラオケや大音量の音楽のない静かな店ですが、大人同士が語り合う、あたたかい場になればいいなと思っています。

自分の魅力だけで人を惹きつけるのは本当に大変なことだ。わかってる。だって、どんな人と出会うかは、その人の命の器次第だから。魔法使いになれなくていいから、人を幸せにする力を持った人間になりたい。

「BAR トースト」
150-0001
東京都渋谷区神宮前3-42-11
ローザビアンカ305
03-6206-4209
20時~4時、当分の間休みなし
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著者プロフィール

月刊連載『外苑前マスター(まだ準備中)のひとりごと。』毎月15日公開
icon_saeki佐伯 貴史(さえき たかふみ)

コーヒー会社で営業を経験後、雑誌の編集に興味を持ち『R25』『ケトル』等の媒体に携わる。いま、外苑前にバーを開くための準備を進めている。歌と本と旅と人が好き。餃子は酢とコショウで食べるのが好き。