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第十二色 四月

 かくして一年間、「色」というものに、漫然とながら注目して過ごしてきた。
 このエッセイを連載する前、私には一年間の流れについてぼんやりとした予想があった。
 色のない冬を経て、春を迎え、世の中に鮮やかな色彩がいっせいに現れ出る四月をもって十二回のラストを締めくくる、まるでくす玉が割れて、色とりどりの紙吹雪が舞い散るような、はなやかな風景を描いて大団円としたい――、そんなことを考えていた。
 しかし、一年間にわたる観察を経て四月を迎え、私の抱いた実感は、予想から大きく外れていた。
 色はいくらでもあったのである。
 確かに視野に占める面積という点からは、それまでの季節に劣るだろうが、冬にも色は、雪のなかに、木枯らしの狭間に、実に豊かに存在していた。連載前の予想のように、春の訪れとともに気づけば周囲に色があふれていた、などというお目出度い感覚は訪れなかった。それは、私が見ていなかった。一年間変わることなく、そこかしこで声を上げ続けている色彩の主張にこれまで気づかずにいた。それだけのことだったのだ。

 日々、春は進んでいる。
 公園の池には、米粒のようなおたまじゃくしがクスクスと笑い合うように頭を寄せ合い、桜は週替わりで違う種類の花が満開を迎えている。公園の広場ではラグビーを子どもに教えるお父さんがいる。なわとびを手に二重とびに励む小太りの若者がいる。私は二重跳びが連続二回までしかできない。子どもたちはとうに半袖だ。すでにソメイヨシノは散って、間髪をいれずに芽吹いた新緑にすっかり覆われている。代わりに、めいっぱい花を咲かせるのは八重桜だ。桜のまわりは人も多いので、私はかなり離れた木陰にゴザを引いて、松本清張の文庫を読んでいる。どうして、日本人の話し言葉はこうも、この三、四十年で砕けたものに変わってしまったのか、それは伝えるべきものの多様化に合わせて変化した結果なのか、それとも単に継続性が途絶しただけなのか、などと考え、うつらうつらとしながら。
 遠目に望む八重桜は、寝癖がついた小学生のような枝振りとともに、濃いピンクの花弁のかたまりを勢いよく空へと燃え立たせている。
 むかしはその濃厚な色合いがどうも押しつけがましく感じられ、対してソメイヨシノのどこまでも淡く、薄く、はかない花弁のほうにこそ、より共感を抱いたものだが、今は何だか八重桜のほうがいい。
 大学生の時分に読んだ小林秀雄の本に、
「ソメイヨシノは下品で、山桜こそが美しい」
 というような内容がいつもの調子で書かれていて、当時、春が訪れるたびに鴨川沿いにワアッと咲くソメイヨシノの美しさに耽溺していた私は、その文章を読んで「カーッ。相変わらず、嫌味たらしい奴だぜ!」と憤慨したものだが、おそろしいことに最近、小林秀雄の言っていることがほんの少しわかるようになった気がする。
 つまり、ソメイヨシノの一本調子なアピールの仕方に飽きてきた。
 もちろん、鴨川沿いに咲くソメイヨシノを見たら、今もきっと「ホウッ」とため息をついてしまうだろうし、去年、五島列島を原付バイクでツーリングした際、山の樹木のなかにソメイヨシノが一本だけ混じっていて、それが頭上からはらはらと薄ピンクの花びらを散らす真下をバイクで通過するときの豊かな気持ちといったら、それはもう素晴らしいものだった。
 しかし、物量作戦のようにひたすらソメイヨシノを並べ、のっぺり単調なリズムを奏でるだけの人工的な風景を見ると、どこか同じ格好で何百人もの新卒大学生が座っている、大企業の入社式の不自然さに似たものを感じ取るようになってしまったのだ。
 わかっている。
 私も年を食って、いよいよ嫌みたらしい奴になってきた。

 月がひとまわりして、改めて知ったことがある。
 それは春の夕暮れの魔力について。
 天気のよい日の春の公園には、人がどっと押し寄せる。明るい太陽の下、新たに芽生えた色合いが映える様を楽しみにやってくる。
 しかし、春を感じたいのなら夕暮れだ。
 太陽がかげり始め、夜の気配がわずかににじみ始めたころ、おそらく五分か十分かそこらの時間。ふとまわりをうかがうと、民家の門扉越しにのぞくサツキの植栽に、塀の足元にうずくまる風来坊のようなヒナゲシに、いつもなら見向きもせずに自転車で前を通り過ぎていた小さな花壇の多彩なレパートリーに、それまでさんざん視界で騒いでいた緑が急に薄暗い影に沈む間隙を縫って、春のぞくりとするような花の鮮やかさが、ぼうっと発光するが如く、静かに居残っていることに気づく。
 春の夕暮れには、昼間よりもずっと多くの色が潜んでいる。こんなにもの色に囲まれていたかと驚くほどに。
 このエッセイを通じて一年を巡り、最後に見つけたのは、ほんの数分だけ地上に宿る宵闇の魔力だった。
 存外、悪くない結末である。

 鉢で買ったはいいものの、すぐに萎れ始めた白あじさい(「第二色 六月」参照)。
 土に植え替えても結局花は咲かず、枯れてしまったかと心配していたけれど、日々むくむくと、小ぶりながら力強い色を宿した葉を生い茂らせている。
 昨日、今年はじめてのモンシロチョウが飛んでいた。


月刊コラム『カタコト語る、万華鏡』 毎月25日公開
icon_makime<著者プロフィール>
万城目 学 (まきめ まなぶ)

1976年生まれ、大阪府出身。小説家。
おもな作品に『鴨川ホルモー』『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』などがある。
最新刊は『バベル九朔』。