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第11話 Question?

記者または編集者の武器は文章だが、文章を書く前に大事なのが「質問」。相手に対して言葉として発せられる「〜〜ですか?」という質問だけではなく、自分の頭の中で浮かび上がる「問題」や事象に対する「疑問」、すべてのクエスチョンを解いていく時に、オリジナルな文章が生まれる。わたしはあまり定型的な質問をしないけれど(たまにしますが)、世の中には「よくある質問」というものがあります。

たとえば・・・
「あなたにとってプロフェッショナルとは?」
有名なフレーズです。世の職人さんたちは、この質問をされる日を心待ちにしているに違いない。
あるいは、
「なぜこの仕事を選んだんですか?」
あるいは
「おすすめのお店はどこですか?」
わたしも何万回聞かれたでしょうか。(政治的な配慮のために)はぐらかすのが大変です。
「あなたの夢はなんですか?」
と聞かれて「夢はない、ただ振り返ったら夢のような日々だった」と文豪のように答えるのが、今回のイラストの主、ゼットン創業会長の稲本健一さん。

稲本さんは外食業界で誰もが認めるカリスマ経営者。圧倒的な言葉の豊かさと気配りによって、どんな会の司会や講演を盛り上げることのできる天賦の才をお持ちです。またトライアスロンを外食業界に広めた張本人であり、アスリートとしても活躍しています。

なぜ稲本さんがトライアスロンを始めたのか、記憶が確かならば、同社が株式上場を果たした頃と重なる。名古屋の徳川園にガーデンレストランをオープンする過程で密着取材をしていたわたしは、稲本さんが運動に傾倒していくのを側で見ていた。当時の密着ルポには「使用前使用後」写真のような、トレーニングによって身体が引き締まっていく稲本さんが記録されています。

ガーデンレストラン徳川園のオープニングレセプションの夜。すらりとタキシードに身を包んで現れた稲本さんとの会話は、いまでも覚えている。当時から多数のメディアが稲本さんに注目し、中にはテレビの密着番組などもありました。次々と新しい手を打ち出す若きスター経営者を放っておくはずはない。けれども、そうしたメディアの多くに「天才経営者」なんて呼ばれるのがなんだかね、と稲本さんは言うのだった。「前から横で見てるアサイちゃんには、馬鹿が努力してるだけってわかるだろうけどさ」

その言葉に、わたしは稲本さんの天才性を見た。天才の多くは、努力の人だ。努力を惜しまず、努力することを決して止めない。そして重要なのは、ただ一直線に努力することではなくて、ある時が来たらズバッと変化することができる能力。これが「天才性」が発揮される瞬間だと思う。稲本さんが居酒屋ダイニングバーの経営者からアスリート経営者へ大変身を遂げたように。

企業の歴史を見ても、ゼットンという会社は大きな節目を乗り越えてきた。たとえばチェーンレストラン的なイメージを避けて、創業ブランド「ゼットン」という店名での展開を廃止したこともそうだ。不振という訳でもない1号店を閉めた時はどんな気持ちだったか、他人が知る由もない。最近では単独企業としての道を捨て、盟友・松村厚久さん率いるダイヤモンドダイニンググループと合併するという大きな大きな決断をし、いままでよりも強い成長力を得ようとしている。
ここは蛸のサンダルなので、企業論についてはこのへんで。ご紹介しましょうね、稲本さんと蛸のイラスト。

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「えー、いきなり蛸?」と難色を示しながらも、描いてくれました。子供が見るのか?大人が見るのか?など、こまごま質問をしてから描き始めるあたり、さすがマーケッターであります。市場調査は欠かさない、と。ちなみに稲本さんは飲食店を始める前はプロダクトデザイナーでした。プロの画力。

稲本さんについて、さらにお知りになりたい場合は、少し前の本になりますが著書『本音の飲食店』(2010年柴田書店刊)をご一読ください。

また、先日行なわれた日本版TED「KUDEN 口伝」というトークライブで稲本さんが夢について語っている動画が公開されているので、下記にご紹介しておきます。

あなたの夢はなんですか?
どうでしょう?ズバッと答えられそうでしょうか?
わたしが取材に行っても、その質問はしないのでご安心を。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

出版社 柴田書店勤務。外食業担当からキャリアをスタートし、料理技術、宿泊業、製菓製パンなど幅広いジャンルをカバーする食の編集者。パティシエの小山進さんや辻口博啓さんの書籍などを担当。「mook 洋菓子材料図鑑vol.4」編集長、「mook The Coffee Professional」編集長など。趣味はベランダ園芸。今夏はジャガイモとナスを栽培中。