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第十七回 映画『ありあまるごちそう』

映画「ありあまるごちそう」(2011年、オーストリア)
http://www.cinemacafe.net/official/gochisou/

youtube
https://youtu.be/Xgp-8HdO1Q8

ダンプカーで捨てられる大量のパン。冒頭で描かれるショッキングなシーンは入口に過ぎない。では、なぜ食べ物はこんなに軽んじられるようになったのか、を解明していくのがこのドキュメンタリーのテーマだからだ。オーストラリア国民が食べている食が作られている世界中の現場がフィルムに収められる。

・オーストラリアの小麦農家は嘆く。小麦1トンは100ユーロにすぎず、凍結した地面にまく食塩の値段にさえ及ばないと。(安すぎる小麦は安易なパンの廃棄につながる?)

・小麦農家の生計を支えるのはEUの補助金だが、それはアフリカの農家の仕事を奪っている。セネガルではスペイン産のトマトが国産トマトの1/3の価格で売られるため、国内の農家は打撃を受ける。(EU、アメリカよりももっと高いのは、日本の補助金。だが、補助金をやめたら日本の農業は絶滅し、自給率は壊滅するだろう)

・スペイン南部のアルメリア上空から空撮、見渡す限りビニールハウスがつづいてぴかぴかする地上。トマトは土ではなく培地で作られる(雑菌がいないので土より衛生的だと)。そこに化学肥料と真水を流し込み大量に作られたトマトはヨーロッパ中に出荷される(私たちもこんなトマト缶を食べているのだろう)。ここでコーランを歌いながら働くのはアラブ人たち。(農業に補助金を出す→アフリカの農業が衰退→ヨーロッパに出稼ぎ→移民の増加と治安の悪化というループ)

・世界で1日10万人が餓死している。ところが現在120億人分を養うことができる食糧が世界で生産されている。「餓死は殺人である」。(世界の人口は約70億。50億人分が廃棄されている?)

・世界的種子企業に勤める人物がルーマニアの畑を案内する。収穫物を積んだ馬が行き来し、長い柄の鋤をふるって草を刈り、カゴを持ってナスを収穫する(コンバインの姿はない)。そこで収穫された曲がった在来種のナスと交配種(いまの普通の種)のナスを比較。「在来種のナスのほうがずっとうまいが、消費者は見た目で選ぶため交配種のナスを選ぶ。ここにあるのは50年前の風景。巨大種子企業が参入すればこの風景は変わってしまうだろう」。(当たり前だが昔はぜんぶがオーガニック。私たちは人類史でも未曾有の事態に投げ込まれている。)

・ブラジルでアマゾンを焼いて畑を作るシーン。飼料用の大豆畑となる。1975年以来フランスとポルトガルを合計した面積の森林がブラジルから消えた。「家畜がアマゾンを食い尽くす」。一方、ブラジルで飢餓に瀕している人が数多い。どろどろの水たまりから汲んだ水をすする赤ちゃんとガリガリの犬。(ブラジルは世界一の大豆輸出国であるという。飼料用の大豆はあるが、人間の食べるものはない)

・食肉用の鶏を作る行程。人工的に孵卵された卵から出てきた何万匹のひよこたちがベルトコンベアを流れていく(ひじょうにかわいい悪夢)。鶏は1匹20セントにしかならないのでとにかく大量に生産して効率化する必要があると。トラックで運ばれ屠殺場へ。鶏は死を予期するのかベルトコンベアを逆走しようとする。足を逆さ吊りされラインに乗って運ばれる(鶏を無言で金具に引っ掛けつづける男たち)。電流を流した水に浸して気絶させ、回転する刃で頭を切り落とされる。(その瞬間は出てこないが、赤い血と羽が散乱した床が映される。しばらく鶏料理は食べたくない。)

食べ物の真実を一皮めくると矛盾が噴き出してくる。そうした事態を招いているのは、安すぎる食べ物を求める消費者だと暗示される。そのおとしまえは、自らの健康を悪化させることで消費者自身がとることになるのだろう。すべての矛盾を一気に解決する希望はない。だが、一歩踏み出すこと、よりましな食べ物を選択することは私たちにもできる。

 


著者プロフィール
月刊連載『月刊 池田浩明 やっぱりパンでした』 毎月3日公開

icon_ikeda池田浩明(いけだひろあき)

パンラボ主宰、ブレッドギーク(パンおたく)。
パンを食べまくり、パンを書きまくる人。
パンラボblog(panlabo.jugem.jp/)、twitter( @ikedahiloaki )、朝日新聞デジタル「このパンがすごい!」でパン情報発信。
もっとおいしく安全な小麦を日本に広げるプロジェクト「新麦コレクション」代表。