title_masakojam

「パン屋の仕事」by 明石克彦

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
このパン屋さんがあるからこの町へ引っ越して来た。と本当と嘘が混じり合ったようなことを言っていたのは20年ほど前のこと。たまたまいい物件があったのが桜新町で、その町には大好きなパン屋さん「ベッカライ・ブロートハイム」があった。駅から歩いてみたりとか、環境がどうとかというチェックもなく、他の物件は見ることなくこの一件目の物件に即決。ブロートハイムへ歩いて行かれるんだから他は多少どうでもいいと思っていたのかもしれない(笑)
あれからもたくさんのパン屋さんのたくさんのパンを食べて来たけれど、ブロートハイムのパンは今でも大好きだし、食べるたびに「おいしいわ~♬」と思える。
5月の終わりにパン友とブロートハイムのカフェ/ゼーバッハでパン集会を開催。その日のメインはブロートハイムの明石克彦さんのサイン本を買うことだった。
昨年秋にブロートハイムは30周年を迎えた。そしてこの春明石さんが「パン屋の仕事」という本を出した。以前ほぼパン製造レシピという本も出していたが、今回はレシピは少しであとは明石流のパン屋の仕事について語られている。ページをめくるたびに「そうか~」とまるで親戚にでもなった気分になった。
5月のパン集会のときにおしゃべりした明石さんはフランスから帰って来たばかりで、少し日焼けをしていていつもの朗らかな笑顔でフランスとドイツの旅の話をしてくれた。フランスでは田舎のパン屋さんをレンタカーで回ったそうで、その数件のパン屋さんはすばらしいパン屋さんでパンもおいしかったことをうれしそうに話してくれた。その中で印象に残ったの「今まで自分がやって来たことは間違っていなかったんだなって思った」という言葉。菓子パンや焼き込み調理パンもあるけれど、食事パンに力を入れて来た明石さん。フランスの田舎のパン屋さんには明石さんのところにある食事パン(例えばロッゲンシュロートブロートのようなパン)があったそうだ。たぶん流行に流されることのないそこに住む人びとの「日々の糧」となるパンで、明石さんがパン屋さんに必須と思われるパンが並んでいたに違いない。
そんな話しをしているときに明石さんの眼はキラキラでとってもうれしそう。聞いているこっちまでうれしい気分になる。そしてきっと今日のパンはおいしいだろうと思えて来る。→実際おいしいかった。
独立して30年、パン屋さん以外にもやりたいこともある1951年生まれの明石さん。これからもいいパンを作りつつ、夢に向かって突っ走ってほしい。

*まさこぱん*


著者プロフィール

月刊連載『NO BREAD NO LIFE』(まさこジャム)毎月12日公開
icon_jyam

渡邉まさこ(わたなべまさこ)

愛パン家(ときどきパンライター、アドバイザー、審査員。)
その昔「パンの会」主宰