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十八杯目 拝啓 僕の手紙

がさつな外見からは想像もつかないほど、美しく繊細な字を書く人が好きだ。ところどころ枠からはみ出しながらも、強い筆圧で一生懸命に字を書く人はもっと好きだ。

高校生の頃、僕は手紙ばかり書いていた。携帯電話がなかった時代といえばそれまでだけど、それにしてもよく書いた。いまだに上手くは書けないけれど、おかげで少し、字がうまくなった。

はじめてやりとりした相手は、高校一年のときのクラスメイトだった。頭がよくて、スポーツ好きで、綺麗な目をしていた。冬になると手紙はハンドクリームの匂いがした。恋をしていたのかはわからないけど、卒業してからもそれは続いた。

先日、彼女の手紙を見つけた。希望の会社に就職が決まったという知らせは、幸せと喜びに溢れていた。それから16年、一度も手紙を交わしていない。

最後の手紙から二ヶ月後、彼女は不慮の事故で帰らぬ人となった。そういえば僕の字は、彼女の字にとても似ている。

故人の手紙を読み返すと、字や語尾のクセが微笑ましくて、すぐそばで語りかけてくるような気がする。大好きだったおばあちゃんの手紙は、今でも小言を言われてるみたいで、ちょっと勘弁してほしい。

「トースト」がオープンして二ヶ月半が。友人知人の来店はもちろんのこと、店がなければ接点を持つことのなかったであろう人と知り合えるのはとても嬉しい。

一人で来る人、恋人と来る人、ほろ酔いで来る人、お腹を空かせて来る人…。みんな、その日その日の喜怒哀楽を、そっと店に置いて帰っていく。

知り合いが増えるというとこは、別れも増えるということだ。もっとたくさんの人と出会いたいと思う一方で、僕が長生きしたら、たくさんの別れも待っているんだなと考えてしまう。

こんな覚めたことを思ってしまうのは、最近、人の死について考える出来事があったから。あまりにも早すぎる死に、多くの人が心を痛めた悲しいニュース。

僕は自分が死ぬことより、自分という存在が完全に忘れ去られることのほうが怖い。ほんのわずかでいいから、覚えていてほしいと思う。

どこか旅をしたとき、なにかの曲を聴いたとき、誰かの香水にぶつかったとき、何年ぶりかに手紙を見つけたとき。小さなきっかけで、ふと僕のことを少しでも思い出してくれたら救われる気がする。

拝啓 お客さま。宮本輝の「錦繍」のような、色香あふれる素敵な手紙は一生かかっても書けないけど、これから、ちょっとずつ、誰かに手紙を書こうと思ってる。


著者プロフィール

月刊連載『外苑前マスターのひとりごと。』毎月15日公開
icon_saeki佐伯 貴史(さえき たかふみ)

BARトースト』のマスター
コーヒー会社で営業を経験後、雑誌の編集に興味を持ち『R25』『ケトル』等の媒体に携わる。歌と本と旅と人が好き。餃子は酢とコショウで食べるのが好き。