title_simizu

月の本棚 七月 寂しい生活

昔々、子供の頃、ミヒャエル・エンデの『モモ』という本を読んだ。時間貯蓄銀行の名をかたり、人の欲望につけこんで時間を盗む「灰色の男たち」と戦う、モモという不思議な女の子の物語だ。

灰色の男たちの手口はこうだ。モモには言葉が話せる人形を与えることで、想像して遊ぶ時間を奪おうとする。モモはその手にはのらないのだが。「雑誌に載っているお洒落そうな暮らし」を夢見る理髪師には、その夢のために、お客ひとりに1時間もかけず15分で済ませ、「役に立たない」年老いた母親や友達と会う時間もなるべく減らして貯めることを提案する。しかし、時間とは生活のことなのだった。時間を節約すればするほど生活はやせほそり、町の人たちはギスギスと貧しくなっていくのだった。

大人になって、昔よりなんでも速く簡単にできる便利な時代になった。が、その分の時間はどこへ消えてしまったんだろう?そう思うとき、きまって思い出すのが灰色の男たちの存在だ。

前置きが長くなってしまったが、元新聞記者の稲垣えみ子さんが書かれた『寂しい生活』を読んで、私はモモのことを思い出したのだった。

稲垣さんは原発事故をきっかけに節電を始めた。自分が使う電気のうち、原発が負う分は使わないことにしようという試みから始まり、鋭い仮説を立て、ほんとに?と笑ってしまうような実験をし、やがて静かな考察を導き出す。その興味深い過程がこの本にレポートされている。

彼女は冷暖房機は止め、洗濯も手洗いに、ついに冷蔵庫も捨ててしまう。そして思うのだ。冷蔵庫を捨てるのは、人生の「いつか」という可能性を捨てることではないかと。

冷蔵庫には「いつか」食べるものの夢が詰まっていた。その「いつか」を捨てれば「今」食べるものしか買えない寂しい生活だ。しかしそれが純粋に「今」を生きることなのだ。潔い。手に入れるのではなく手離すことで豊かになるという事実が、次々と実証されていく。

高度経済成長期の親世代は、何かを手に入れることで問題を解決してきた。彼らが老いて、家電も薬も郵便物も何もかも、モノが溢れて手に負えなくなっていく現状は、身につまされた。

家電を捨てることから始まって、所有することが豊かだという思い込みも、稲垣さんはいつのまにか捨てている。本は読み終わったら古本屋やブックカフェへ、服は古着屋で売買、風呂は銭湯へ。これら古本屋やカフェ、銭湯など自分の暮らしになくてはならない町の人たちが元気であれば、自分の暮らしも豊かになる。そのためにできることを考える。自分にとって住みやすい町が、幸せな住環境が、そうしてできあがっていく。素敵だ。ケチと違うのは、自分の損得ではなく相手のことを考えてお金を使うところ。それは消費ではなく投資なのだ。

今、気がついたのだが、モモのチャームポイントのひとつはモシャモシャの頭だった。アフロ記者と呼ばれている稲垣さんは、現代のモモなのかもしれない。

c_miho18
『寂しい生活』 稲垣えみ子著 (東洋経済新報社 2017)
『モモ』ミヒャエル・エンデ著 大島かおり訳(岩波書店 1976)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
All Aboutパン
Bread Journal
Bread Journal Facebook
Let’s ENJOY TOKYO