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LPサンドウィッチ・ドットコム
――『空想サンドウィッチュリー』にうたれて――

綺麗なキッチン、母と息子は思わず立ちすくんだ。誰かが忍び込み、音楽LPのサンドウィッチを仕込んでいるようだ。サクサクと、包丁もリズムを刻んで晴れがましく。調理人の姿は見えない。挟まれるのは1970年前後の名盤ぞろいだが、息子はまだこの世にいなかった。空はめずらしく晴れている。二人は作品ごとに装いも改め、交互に姿を見せる。パンはル・プチメックの今出川店で買ったもの。だからこれが食べられたら、おいしい。

c_nina19-1通りがかりのママ・・いやだ。よく見て。前から3人目の男ったら、裸足・・・・だからいっとき、死亡説まで飛び交ったんだ。今でも健在だけどね。でも1980年12月8日、先頭の白装束がニューヨークで殺された。とてもショック・・・・どうして!?・・・・こちらの通りもすっかり名所になってるみたい。B面の組曲は見事ね。最後の録音って聞いてるけど、味わいのアクセントになるのはタコよ、タコ。たこ焼きのタコ。A面の5曲目に入ってるの、Octopus’s Gardenって。ヴォーカルをとるのは前から2人目の人、あ、リンゴも入ってたわ。

c_nina19-2アナログマニアの少年・・その歩道の4人行列を引っくり返し、突如現れ、全英チャートの1位もぎ取ったのがコイツ。すごい目つきしてるよね。でもCDじゃ全然迫力なくて、初めてアナログ盤を手に入れた夜は興奮して眠れなかった。いまこちらを見てるこの目に、光り尖がる鼻の先。下では大口も開けて、喉仏までのぞいてるんだ。これじゃお医者さんも引いてしまうよね。A面1曲目の21st Century Schizoid Man。あのころはまだまだ未来のお話だったのが、21世紀もいつのまにか17年過ぎました・・・・それにしてもこれ、食べるところある?

c_nina19-3風呂上がりのママ・・缶ビールを片手に、何気なくサンドウィッチを手に取り、思わず絶叫する・・・・何やってんだよ、これ! こんなもんパンに挟むなって・・・・ママを侮辱してる。こらもう冒瀆にも等しい・・・・けど、これもLPじゃないとね。だって、本物のチャックが付いてるのよ、1枚1枚に。作るほうは何と手間がかかることか。だからこそ、貴重。それにメインの1つは馬でした。馬肉、それも野生。A面の3曲目にWild Horses・・・・もしよかったら、同じA面1曲目を飾るあの茶色い砂糖、Brown Sugar もたっぷりかけてみて。ただ摂り過ぎるとね、ヤバイよ。癖になるよ。とりこだよ。下手をするとアンタ、しょっぴかれるよ。

c_nina19-4異世界を夢見る優雅な息子・・あのころでも、これだけやったアルバムデザインはなかなか見当たらない。上の3枚も時代を代表するジャケットデザインで、個性に満ち満ちてるんだけど、こちらの豪勢さにはもう、いつでもうっとりさせられる。椅子に座る黒い女とすぐ上に浮かぶ赤い天使の視線がたくましくも交錯する。こいつはそこだけを挟み込んでるけど、女の右下には聖壇のような夕餉が整い、右上には向日葵が一本、見事な大輪を開く。歌のタイトルにはスペイン語も躍動し、Oye Como Va, Se A Cabo, Samba Pa Ti, El Nicoya・・・・このとき、ロックの出窓がまた大きく広く打ち開かれた。でしょ。

c_nina19-5亡き夫を偲ぶ母・・これだけ見てわかる人って、よっぽどよ。思えばさっきのSchizoid Manとは反対の身構えね。眼差しはみなさまの方向に。少しおとなしい分、余計に得体がしれない。でもバンドは有名で、ドアーズ、ジェファーソン・エアプレインなんかとも同世代。これはパパがよく聴いてた。あのひと、入試の直前にこの三枚組ライヴをレコード屋さんで、安く、それも輸入盤で手に入れて、追い込みかけたんだって。だから、ちょっと齧ってみて。意外とスパイシーよ。成績上がるかも。ね。(齧る=かじる)

c_nina19-6恋に思いを馳せる少年・・彼女を食べるのは一体だれだ。エリックか、デュアンか。もともとジョージの妻だという言い伝えもある。ホラ、あの1個目の横断歩道で裸足のポールのすぐ後ろ、4人の最後尾にいた男・・・・よくわからないんなら、取りあえず関係者全員、全国に指名手配しろ! そんな無茶な。そもそも無理です。何故だ? デュアンとジョージはこの世を去って、エリックは現役ですが、そちらもすでに時効です。UKで天才ギタリストと呼ばれていた彼がUSに渡ると目からうろこの使い手が現われた。南部生まれのスライドの名手。二人がまたとない協演をここに遺す。まず今宵はA面の2曲目、ベル・ボトム・ブルーズから。

c_nina19-7発明の母・・何だよ、これこそ食べるところないじゃない。愛想もくそもなくて、ほんとこれだけ? おまけにMothers(母たち)って、そういうPTAみたいなの、あんまり好きじゃないのよね、私・・・・でも、このニューヨーク、フィルモアイーストでのライヴは半端ない。このホールじゃほかにもジミヘンとか、山ほど伝説あるけどね。それにマザーズのライヴ盤も、結成10周年のRoxy & Elsewhereとか、まだまだ盛り沢山。そうだ、1970年にBurnt Weeny Sandwichってアルバム出してたよ。むしろ、そっち挟んだら?・・

レシピもなく、ご覧いただくばかりで、召し上がることはとてもかないません。中味の奏でる音楽に興味を抱かれた方は、つぎの原材料一覧で各自お確かめのうえ、それぞれにご視聴くださいませ。

原材料一覧

c_nina19-8
Abbey Road(The Beatles)1969
 c_nina19-9
In The Court Of The Crimson King
(King Crimson)1969
 c_nina19-10
Sticky Fingers(The Rolling Stones)1970
 c_nina19-11
Abraxas(Santana)1970
 c_nina19-12
Europe ’72(Grateful Dead)1972
 c_nina19-13
Layla(Derek & The Dominos)1971
 c_nina19-14
Fillmore East - June 1971
(The Mothers of Invention)1971

 

著者プロフィール

mensuel『一路多彩 -pluralité unique-』毎月10日公開
nina蜷川泰司(にながわやすし)

1954年京都市に生まれる。文芸作家。2003年に最初の長篇『空の瞳』(現代企画室)でデビュー。2008年には、対話的文芸論『子どもと話す 文学ってなに?』(現代企画室)を上梓。
2013年の作品集『新たなる死』(河出書房新社)の冒頭を飾る「コワッパ」の執筆にあたっては、舞台となるル・プチメック今出川店からのご協力をいただき、店舗への取材を重ねている。
21世紀の初めから現在まで、第二の長篇『ユウラシヤ』に取り組んでいる。2015年9月、そのプロローグにあたる『迷宮の飛翔』(河出書房新社)を発表。今年(2017)は第1部にあたる新作『スピノザの秋』を刊行する。