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蛸のサンダル 第14話 贅沢

新しい調味料ムックの締切最終局面を迎えているこの頃、みなさまお元気でいらっしゃいますか?

ムックと言うのは和製英語、出版業界用語でbook(書籍)とmagazine(雑誌)の中間的性質のフォーマットを指しております。これには規定もあり、広告も入っていいし、書店での販売条件も異なるんですね。とはいえ本屋さんに行けば、雑誌コーナーか書籍(単行本か文庫、新書)コーナーしかないわけで、なかなか知られることのない用語です。

編集に取り掛かる時は、事前に参考書籍をいろいろ読んで勉強します。勉強はきらいじゃないです、強制されない場合は。何事も強制って響きは、あんまりよろしくないですよね。できれば自由に。気楽に呑気に朗らかに、のびのびとしていたい。それが現代社会では本当の贅沢なのかも?

贅沢って何でしょう?
わたしは思うに「自分の時間」を持つこと。これは贅沢。たとえ仕事だとしても「自分のオリジナリティを発揮するための時間」だとしたら、贅沢ですよね。わたしの身近にいらっしゃる食の世界のスター経営者やスターパティシエや、スターシェフのみなさまは、それをめざして研鑽されてきたのだろうと拝察するわけです。

贅沢って、ネガティブな言葉ではありません。お金があることを示す「裕福」と違って(それもネガティブワードではない)、「贅沢」は心地のよさ、かっこよさのイメージ。贅沢が否定されるのは、戦争か非常事態ということでしょう。

今月の「月刊専門料理」という雑誌の特集のテーマが「贅を尽くした料理とは何か?」のようであります。先日某所でこの難題を編集部から振られたという著名シェフにお会いしたら、
「難しいヨーーーーーー! 贅沢とは何か?フォアグラ、トリュフじゃ当たり前でしょ?それを俺がどう表現するかでしょ?」とうれしそうに嘆いていました。前号の「被害者の会」もそうだけど、なぜ、みんな難題が好きなんだ?

今回は『洋菓子材料図鑑』というムックで難題に挑戦してくれた、パティシエさんの蛸サンイラストをご紹介します。
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青山・骨董通りのそばにある「アングラン」シェフパティシエの金井史章さん。すべてのケーキをミニャルディーズという小さなサイズに収めるという、これまでになかった唯一無二なお仕事をなさっている。一般的なプティ・ガトーと呼ばれるサイズより一回り小さく、プティ・フール(小菓子)より大きい。直径4.5cmほどの体積に、複雑な味と余韻を構成するのは、よほど精緻な設計ができないと不可能だ。そう思って金井さんを訪ね、「普通のガトーサイズとプティ・フールと、アントルメ(ホールケーキ)サイズをつくって比較させてもらえませんか?」と持ちかけた。

金井さんはいつもの笑顔を崩さずに、「え?」と言ったけれども、「面白いですね。やります」と即答された。大きなサイズになるとどうなるのかは、誌面で見ていただくとしても、あまりの違いにはびっくりしました。お菓子の設計は奥が深いですね。
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金井さんのイラスト。これはまるで第1話の「蛸の頭を叩くとイテテテと頭を抱えるんだ、それが腕」のラストシーンのようであります。

朝は希望とともに目覚め、昼は懸命に働き、夜は感謝をもって眠る、とは麻生太郎さんの名言だけれども、いまこの原稿を書いている朝、蛸サンを書こうという気持ちとともに目覚め、金井さんのイラストを見ながら原稿を書き、夜はアップを心待ちにして眠る。これもまた個人的に「贅沢」と思える瞬間かもしれません。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

出版社 柴田書店勤務。外食業担当からキャリアをスタートし、料理技術、宿泊業、製菓製パンなど幅広いジャンルをカバーする食の編集者。パティシエの小山進さんや辻口博啓さんの書籍などを担当。「mook 洋菓子材料図鑑vol.4」編集長、「mook The Coffee Professional」編集長など。趣味はベランダ園芸。今夏はジャガイモとナスを栽培中。