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蛸のサンダル 第15話 シンドバッド

 お待たせしました。8月末に『プロのための調味料図鑑』を刊行し、やっとひと息ついたところ。第13話でお話した、例の被害者の会のプロお三方も、笑顔で登場していますので、ぜひチェックしてくださいね。
 調味料それぞれの基礎知識、料理人さんによる調味料選び、そして約850アイテムの業務用調味料製品カタログからなる1冊。プロの厨房の片隅にでもそっと置いていただいて、必要な時に取り出して読む、そんな存在になれましたら幸いです。

 モノづくりをする人が、自分と自分のつくったものに対して客観的に見ることを「メタ認知」という。駆け出しの頃は先輩たちによく「あいつは自分を客観視できてない」と言われていたけれど、きっと「生意気だ」という意味で婉曲に言ってたんでしょうね。本当の意味での自己客観視=メタ認知は、自分がつくったものに対する自己批評。主語は自分、目的も自分です。ものができた後に、できてないところを密かに反省し、あれもしたかった、これもしたかったと思いを巡らす時間が必ずやってくる。これで良かったんだろうか?いや、できることはもう何もない。と自問自答する。自信がないのではない。自分がいちばん、それを精緻に見ているのであり、最初で最後の批評家は自分なのであります。

 調味料をテーマにムックをつくると決めてから、例によって調味料を買い込み、自宅キッチンで勝手に「調味料ラボ」してみたりした。塩、醤油と一口に言っても味がそれぞれ違う。歴史も長く、基礎知識篇を書くために調査した中では「先史時代から〜」とか「縄文時代から〜」といわれるものも多くあって、料理の歴史の中で調味料が果たしてきた役割について思いを馳せることもしばしば。1冊終えた後にも(次は発酵調味料の本でも・・・)などと妄想が浮かぶほど、知れば知るほどディープに溺れてしまう調味料の世界が、そこには広がっていました。

 「まるで夏休みの自由研究だな!」
 わたしの傾注ぶりに呆れて、年上の悪友の彼が言う。わたしは学生時代は別に熱心に自由研究を頑張ったタイプではなく、どちらかといえば適当にやり過ごしてきたのですが、大人になって勝手に自由研究(いや、仕事です)人生を送っているように見えるらしい。テーマがあり、だんだん夢中になって、気がついたら好きになっているというパターン。それを本当は「好き」というのだろうか? 「好き」だから夢中になる、とは真逆のパターンをたどるのはなぜなのか? 永遠の謎であります。
 幸いなことに、周りにも”勝手に自由研究タイプ”の方がいて、勝手ながら似てるなと思って拝見しているわけで。そのお一人が、今回ご紹介するこちらのスーパーパティシエさん。

 兵庫県三田市にある大繁盛菓子店「パティシエ エス コヤマ」オーナーシェフの小山進さん。最近ではショコラティエとしても活躍して、世界的なコンクールで何度も最高位を受賞されている。第9話「気泡」でも少しご紹介しました。

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「え?蛸?これ何のテストなんですか?」と笑いながら、描いてくれました。わたしは一言「造形力です」。すると小山さんの表情が真剣に。

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 小山さんのイラスト。流麗なラインで足を広げ、口をにゅっと突き出して澄まし顔。あれ?サンダルは?「蛸はそんなん履いたことないから、頭の上に載せちゃった(笑)」という想定だそう。素晴らしい。そして、やっぱり足を数えていました。さすが『心配性だから世界一になれた』(祥伝社)の著者でいらっしゃる。

 小山さんとの出会いは、熊本空港で。初めての取材なのにも関わらず、米粉の産地出張という形でアポをとるわたしもいささか強気だとは思うのだが、小山さんも気にせず快く熊本まで飛んできてくれて、空港で初めましてとなりました。目的地までの道中、しきりに携帯でお店と連絡を取っていた小山さんが「実は初めてパリのチョコレートのコンクールに出品するんです」と教えてくれました(その後、小山さんは初受賞。さらにチョコレートへ傾倒していくことに。わたしも、あの時の!という喜びがあったのでした)。
 熊本からの帰りには、九州新幹線駅のコーヒースタンドで、女性客が販売スタッフに「わたしはね、レイコー」と言っていて、スタッフさんは困惑顔。わたしが見かねて「レイコーは大阪でアイスコーヒーのことです」と耳打ちしてあげるのを、小山さんはニヤニヤと面白そうに見ていました。

 熊本出張がなかったら、レイコー事件がなかったら? 後に小山さんのチョコレートの本『ショコラ・ジャポネ』をつくることもなかったかもしれない。すべてはご縁と思うと、不思議なものです。

 小山さんほど毎年毎年、新しいショコラを発表しているショコラティエはたぶん世界にもほとんどいないでしょう。非常に多作な方です。ボンボンショコラ、タブレットショコラ、もちろんチョコレート以外のお菓子製品やパンなども年間に数多く新たにつくられており、発想の豊かさに驚かされます。
 新作をつくるということは、既存商品が「旧作」になるということでもある。もちろん販売はしているので、全部入れ替えになるわけではありません。しかし、関心は常に新作に向いているのではないか? 売れ行きも違うのではないか? ずっと気になっていました。そのことについて、小山さんはどう思っているのだろう?と。

 ある日、初期作品を組合せたボンボンショコラのセット商品「DNA KYOTO」を人様に贈る機会がありました。贈った方から「おいしかった、特にYABAI!がやばい!」。YABAI!とは「黒七味 -YABAI」と銘打たれたボンボンショコラで、ブラックチョコレートの軽い酸味と蜂蜜の甘みの後に、京都の黒七味がスパイシーに追いかけてくる、多層な味わいを持った作品です。YABAIはもちろん「これやばーい(すごい)」の意味から。
 この話を小山さんにすると、こんな答えが返ってきました。
「ありがとうございます、僕も最近思います。あれなかなか良いです!!」
 サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」がいつまでも新鮮なように、いいものは前につくったものでもいいのじゃないか、自分はちょっと新作にとらわれ過ぎていたんじゃないか、と思うようになったのだそう。
 最初は厳しいメタ認知にさらされて、もっといいものをつくろうという原動力になっていた旧作が、ふとした瞬間、本当の良さが見えるようになる。これが「定番化した」瞬間なのだろう、と思う印象的な出来事でした。
 それからしばらく、わたしの中で旧作を褒める時には「あれは、勝手にシンドバッドですね」というフレーズに変換されたのでありました。わたしの『プロのための調味料図鑑』もいつか、「勝手に自由研究」ではなくて「勝手にシンドバッド」になれる日が来ることを願っております。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

出版社 柴田書店勤務。外食業担当からキャリアをスタートし、料理技術、宿泊業、製菓製パンなど幅広いジャンルをカバーする食の編集者。パティシエの小山進さんや辻口博啓さんの書籍などを担当。「mook 洋菓子材料図鑑vol.4」編集長、「mook The Coffee Professional」編集長など。趣味はベランダ園芸。今夏はジャガイモとナスを栽培中。