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9月 栗

 たぶん自分が好きだからそう感じているに過ぎないとはわかっているが、いま栗が旬であるということについて、世の中はとても親切というかお節介というか、とにかく「栗が旬だから早いとこ食べてくださいね」というアピールが、他の食べ物に比べて圧倒的にパワフルなのではないだろうか。今年はどの栗から味わうべきなのかと考え始めると、他のことについては気がそぞろになってしまうほど、ぼくは栗好きである。といっても、例えば焼き栗とか、栗ご飯や栗おこわなど、栗そのものを味わうよりは栗を使ったお菓子により惹かれる。
 栗を使ったお菓子はいろいろあれど、実はマロン・グラッセが苦手だ。洋菓子ならマロン・シャンテリーとかモンブランとか、ペースト状になった栗を好む。和菓子だったら栗がそのままゴロンと入っているような栗饅頭よりも、栗きんとんを選ぶ。栗鹿の子ではない。栗羊羹にしても、羊羹に栗が入っているよりも、蒸した栗を羊羹のように固めたものを買う。あれ? 果たしてこんなんで栗が好きと堂々と公言していいのだろうか? まあ、いいや。とにかく9月になったら今年は何から始めようかと考え始める。栗きんとんなら恵那の『寿や』か、中津川の『すや』か、はたまた近江八幡の『たねや』か。でも『たねや』なら栗きんとんもいいけれど、栗月下をちびちび食べるのも好きなんだよな。いやいや、和菓子ばかりじゃなくてラデュレのマカロン「マロン」や「マロン・ポワール」をあの美しい箱に詰めてもらうという手だってある。などと期待を目いっぱい膨らませていたら、あっという間に9月も中旬になっていた。
 焦る気持ちを抱えたまま出張で名古屋に来た。打ち合わせの後に知り合いが「これ、どうぞ」と小さな包みをくれた。ホテルに戻ってから開けてみると愛知県江南市にある『大口屋』という店の栗きんとん(大口屋の商品名は「栗粉」だ)。初めて見るものだった。お湯を沸かしてティーバッグのほうじ茶を入れ、ニヤニヤしながら頬ばる。美味い。買って帰らなきゃ。売っている場所を確認する。でも消費期限が短そうだから、そこへ行くのは帰る日にしよう。
 その翌日、駅に向かう途中のコンビニエンスストアに幟が立っていた。「プレミアム和栗モンブランソフト」。吸い寄せられるように中に入り、気づくとプラスティックのスプーンでソフトクリームを舐めていた。

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著者プロフィール

月刊連載『好物歳時記』毎月14日公開
icon_okamoto岡本 仁(おかもと ひとし)

ランドスケーププロダクツ
北海道生まれ。いろんな町をブラブラして、いつも何か食べてる人
と思われていますが、いちおう編集者です。
著者は『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』『果てしのない本の話』など。
雑誌『暮しの手帖』で「今日の買い物」という旅エッセイを連載中。