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月の本棚 九月 ashes and snow

夜空に見える星は、眠っているゾウたちの瞬きをしない目。
ぼくたちのことをできるだけ見守ってやろうと、
片目を開けて眠っているゾウたちの。

いまから10年前、世界を巡るグレゴリー・コルベールのノマディック美術館で開催されていたアートプロジェクト、ashes and snowに夢中になった。10年前から夢中になっている、と言ったほうが正しいかもしれない。写真と映像と音楽、そして小説に。

きっかけは地下鉄構内で見た巨大なポスターだった。伏せの体勢をとるゾウの前で、子供が本を読みきかせているような光景に釘付けになったのだ。

152個のコンテナを使って組み立てられたノマディック美術館は聖堂のようだった。高い天井、仄暗い回廊。そこに掛けられた手漉き和紙にアンバーやセピアの柔らかな色合いで刷られた野生動物と人間の写真が揺れていた。被写体の人間は皆、目を閉じていた。瞑想するように、深い眠りについているように。象やクジラ、マナティとともに水中でゆらゆらと泳ぎ戯れるコルベール自身の映像もあった。なんて気持ちよさそうなんだろう、と思った。

その時に買った写真集や本は、イタリアで手漉き耳付き紙を用いて製本されたもので、表紙は蜜蝋をひいたネパールの手漉き紙。ハイビスカスの葉で染めた紐で結ばれているという凝った装幀だった。それを文字通り紐解けば、ashes and snowの世界が立ち現われる。

『ashes and snow 手紙で綴られた小説』は、ある男が旅先から妻へ向けて綴った365通の手紙からなる。古代アステカの王、モンテスマとインドやビルマの川べりを散歩する暗い夢の話の数々は、預言者の福音のように謎めいている。

なかにはお伽話のような逸話も綴られている。私が好きなのは、盗み出したレンブラントの絵画を、癌に侵された妻のベッドの上に掛けた男、リチャード・ナーワルの話だ。

彼は妻と一緒に過ごした人生のひとこまひとこまを綴った手紙を毎日のように妻に宛て、郵便局へ出しに行った。毎朝手紙が届くと、ふたりはレンブラントの下に横になって、声をそろえて読んだのだった。すると一通ごと、日ごとに妻はよくなっていき、一年後にほぼ回復したという。366日後、ブライダルヴェールのシルクで包まれた絵画が美術館へ送り返された。

2011年に実際にこんなニュースを聞いたとき、私はリチャード・ナーワルのことを思い出さずにいられなかった。

「盗まれたレンブラント作品を教会で発見。犯人は盗難が大きなニュースとなったため、
売却するのも難しいことに気付いたのではないか」米ロサンゼルスCNN (2011.8.17)

そんな現実世界に生きる者にとって、ashes and snowは祈りのようなものだ。私はそれを詩のように読む。日々を心静かにいるために。ダンスをする時にはダンスそのものになるために。この人生で与えられた仕事を全うするために。

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『ashes and snow手紙で綴られた小説』Gregory Colbert著(Flying Elephants Press 2007)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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