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ダージリンの旅 5

前回のダージリンの旅 4のお話から、また早くも1ヶ月が経ちました。

まだ、ダージリンのストライキは終結していません。
何度かの話し合いが開かれているようですが、中々進まないようです。今月に入って話し合いが何度かあり、3つの茶園が再開されるといったニュースが入っています。

今回は、普通茶園での仕事をご紹介。
茶園の経営者は、ベンガルの方が多いのですが、茶摘さん達はネパール系の方がほとんどです。茶園の中に家族と住んで、女性は茶摘、男性は茶畑の手入れや機械などのメンテナンスなど、老人と子供は働きません。この茶園の中で生まれ、ここで生涯を終える方々が多いのです。
茶園の中には、幼稚園や学校、教会やお寺などもあり、一つのコミニュティになっています。
朝 7時頃にドラが鳴り、グループで茶畑に出て行き、茶園の1日が始まります。午前中の作業が終わると、摘んだ葉の計量を工場で記録してもらいます。そしてお昼を済ませたらまた茶畑に。

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茶園にも個人経営の小さな会社から大きな会社まであり、大きな茶園になると各部署にマネージャーもいます。
大きな茶園では、若い人から年輩の方をマネージャーがグループ分けし、幾つかのグループで作業をします。
仕事の早い人もいれば遅い人もいますが、午前と午後の摘んだお茶が定量より多いと基本賃金にプラスされます。

私も同じ茶園に何度も行くことでトップのマネージャーと親しくなり、仕事を見ながら説明をしていただき覚えていきます。
古くなってきた老茶樹の手入れや挿し木をして植え替えたり、新しく植樹をして、苗も自茶園で作ります。また、茶園の仕事は停電も多いので自家発電があります。その為、製茶工場の横にはエンジニアの仕事場もあります。
この茶園で働く人々には、年間を通して茶園側からの補助もあり、ガスボンベや傘などの配給、お米が定価より割引で購入できるなど、労働者に対して茶園がこれらを負担をしてくれます。

摘みやすい茶畑もあれば標高差の大きい茶園もあったり、陽が当たるのが午前の茶園や夕方の茶園もあり、いろんな条件でお茶の味ができていきます。
標高の高い茶園は作業が大変ということもあり、多くは摘めないため定量の茶葉も少ないのに対し、麓のテライ(裾野)と呼ばれている茶畑は、摘みやすいのとアッサム系の大きな茶葉ということもあって、1日に摘める量も多くなります。
こうして摘んできたものを計量後、萎凋棚に寝かせて水分を減らし、揉捻しやすいように製茶していきます。こういった作業は、敏腕マネージャーの判断で味が決まります。

現在、ダージリンの茶園は登録上は87茶園。中には茶畑があるだけですでにファクトリー(製茶工場)がなく、茶摘みしたものを他の茶園に買ってもらっている茶園もあります。
色んな問題を抱えているダージリンの茶園ですが、長い歴史の中で引き継がれてきた特上の紅茶の産地なのです。

私の旅は続きます。

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著者プロフィール

『メランジェ的世界の歩き方』毎月21日公開
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松宮 美惠 (まつみや よしえ)

200種類のお茶とお茶まわりのグッズを扱う「ラ・メランジェ」のオーナー。
ラ・メランジェは1988年に京都・北山にオープンし、92年からは同じ北山に店を移転拡張し、2005年9月烏丸二条に移転。2015年5月で対面販売 小売店店舗をクローズ。今後お茶を扱う専門家、飲食関連のサービス、お茶を教える専門家などに今までの経験を生かし指導をしていくことを新しいジャンルとして設ける。ものを売るというよりも、お茶とお菓子ですごす時間や空間、そこから生まれるコミュニケーションが大切だと考え、これを提案したいというのが基本的なコンセプト。このためお茶と食、またそれにまつわる文化に強い関心を持ち、1990年からヨーロッパを中心に海外に頻繁に旅し、情報を常に吸収し、ノウハウを蓄積しているのが強み。最近では、特に中国へ赴くことも多く、中国茶と茶器の品揃えも強化。現在、かの地の文化を修得しつつある。お茶については、海外からはお茶を直接輸入し卸しも行なうが、国内・国外のお茶とも、すべて自らテイスティングし、セレクトしたものを扱う方針。お茶のコーディネイトの仕事も多数。