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第二十一回 映画『ベイビー・ドライバー』

http://www.babydriver.jp
(全国で公開中)

カーステレオをつけてドライブすると、風景と音楽が不思議なほどシンクロする体験がある。
歩行者用信号が青から赤に変わるとき点滅するリズム、アイドリングするエンジンの唸り声、赤に変わりそうな信号を間一髪かわして交差点を突っ切るタイミング。
気分は高揚、ビートに全身が突き動かされ、世界と自分が一致したような陶酔感に包まれ、ひどいときにはなんでもできるような気がしてくる。
そんな一瞬がずっとずっとつづいていったら、一体どうなってしまうんだろう?
という想像をそのまま映画にしたのが「ベイビー・ドライバー」。


(ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの「ベルボトム」に合わせて銀行襲撃、カーアクション)

主人公ベイビー(アンセル・エルゴート)は、超絶ドライビングテクニックでギャングの逃走を助ける「逃がし屋」。
カーアクションと音楽の融合がこの映画の醍醐味。
打ち合いの銃声、悲鳴、非常ベルの音、「早く車をだせ!」という怒号、急発進のキキー、ドリフトで交差点を曲がり、急ターンで対向車線に突っ込んで急ブレーキ…あらゆる音、速射砲のように打ち出される映像がカットアップされるタイミングもすべて音楽とシンクロされる。
クイーンやTレックス、サム&デイブ、ザ・ダムドやベックやブラー…ソウルもパンクもフォークもグラムロックも。
絶妙に選曲された30曲に身をゆだねているうちにあっというまに2時間がすぎる。

パンは、主人公がベイビーフェイス(善玉)であることを描写するために出てくる。
両親を交通事故で亡くしたベイビーは、足と耳の不自由な里親(おじいちゃん)にピーナッツサンドを作ってあげる。
この連載を読んでいただいている方は薄々気づいてらっしゃると思うが、男性が誰かにパンを作ってあげるとき、その人が父性愛の持ち主だという暗示だ(「クレイマー・クレイマー」「シェフ」)。

心ならずも借金のかたにギャングの手伝いをさせられるベイビー。
このヤマさえ終わればかわいい彼女と高跳びだーと思っていた矢先、歯車が狂ってとんでもない事態に。
彼女といっしょに町を出ないとやばい。
警察の追跡をなんとか振り切って帰宅、里親を車に乗せる。
連れてきた先は夜の高級老人ホーム。
玄関に車椅子ごと置き去りにしようというのだが、そこは心やさしきベイビー。
おじいちゃんが余生を安心して暮らせるよう心遣いを怠らない。
奪った札束を、おじいちゃんのガウンのふところに突っ込み、持っていたテープレコーダーにおじいちゃんの取説を吹き込む。
「好きな食べ物は⚪︎⚪︎と××とピーナッツサンドで…」
すると、おじいちゃんが手話で。
「ピーナッツバターは耳のところまでぜんぶ」

で、耳のところまで塗ったピーナッツサンドを再現してみた。
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これも熱心な読者の方はお気づきかもしれないが、この連載で映画に登場するパンを再現するのは、映画の主人公になりきって心情を理解するためのロールプレイングなのである。
耳まで塗ったピーナッツサンドは撮影後に息子に食べさせた。
ピーナッツサンドだけだと食いつかない恐れがあったので、特別ゲストとしてバナナさんもはさんだ。
息子はぱくぱく食べた(よかった)。
1個もらって自分も食べてみた。
食べるまでもなく、スプレッドは手間をかけて耳まで塗ったほうがうまい。
つまり…
耳まで塗ってるピーナッツサンドと耳まで塗ってないピーナッツサンドの味の差=愛情。
端まで塗られたピーナッツバターの味は愛情の味なのである。

ドライビングシートに座って音楽のボリュームを上げれば、どんな暴走運転も恐れない凶悪ドライバーに変身。
そんなベイビーは、普段心やさしきベイビーフェイスであったほうが、ギャップが出て、よりおもしろくなる。
甘いピーナッツバターに酸味のあるジャムを合わせるみたいに。

そういえば、まだピーナッツバターが余っているので、冷蔵庫にあるカシスジャムをいっしょに塗ってみよう。

 


著者プロフィール
月刊連載『月刊 池田浩明 やっぱりパンでした』 毎月3日公開

icon_ikeda池田浩明(いけだひろあき)

パンラボ主宰、ブレッドギーク(パンおたく)。
パンを食べまくり、パンを書きまくる人。
パンラボblog(panlabo.jugem.jp/)、twitter( @ikedahiloaki )、朝日新聞デジタル「このパンがすごい!」でパン情報発信。
もっとおいしく安全な小麦を日本に広げるプロジェクト「新麦コレクション」代表。