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この店の作法

東京下町の路地裏にある6席の焼き鳥店。串の大きさと新鮮さが口コミで広まり18時の開店も21時にはすべて”ヤマ”になってしまう人気店。
その日は運よく6席目に滑り込むことができた。席に着くと先客にビールが出されているところだった。
先客は左手にメニューを握りしめながら、「先輩遅くなってすいません」と隣の客と乾杯をする。
一通りその先輩へのあいさつを終えると、メニューを見ながら、
「大将、このセギモってなに?」と質問をした。
「腎臓の部位ですよ」と店主。
「へー、珍しいね。じゃーそれ2本。それとネギマとレバーとハツを2本ずつ。それとー」
するとここで、隣の先輩が横からオーダーをすこし遮るように、
「こういう小さい店では、自分のことだけを考えず、周りの客にも気を使わないといけない。」と”この店の作法”を話しだした。

1:6席の店には遅れて来るのはよくない。
2:メニューは自分のものではない。
3:オーダーは簡潔にして、知らない部位の質問は後回しにしたほうが良い。
4:同じ串を2本ずつオーダーしないほうが良い。
5:一度に何種類もオーダーしないほうが良い。

言葉はもう少しぶっきらぼうだったが、そのような内容だった。
先客はとても信頼している先輩なのだろう、きもちよく「なるほど」というと「大将!一本ずつで」とオーダーを訂正していた。
そのやり取りに周りの客は感心している様子だったが、次にオーダーをしようとしていた私は、作法を守らなければいけないという妙な緊張感と、その先客に対して同じような気持ちを持っていたせいか、なんとも心の中を見透かされたような歯がゆい気持ちがいりまじっていた。
その日も絶品の串を何本か堪能し、帰り際この路地の看板猫レオ君にご挨拶。

閉店間際になると戻ってくるレオ君に店の奥の座布団の指定席をあけてあげるのも”この店の作法”の一つである。

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著者プロフィール
月刊連載『パイント・オブ・ギネス プリーズ!』毎月8日公開
icon_naga長濱武明(音響空間デザイナー・アイルランド音楽演奏家)

1992年に初めて訪れたアイルランドでアイルランド音楽と特有の打楽器であるバウロンに魅了され、以来十数回の渡愛の中で伝統音楽を学び、建築設計の実務も経験する。現在は音響空間デザイナーとしての業務をこなしながら、国内におけるバウロンプレーヤーの第一人者として国内外で演奏活動をする他、プロデューサーとしてコンサートやワークショップを主催している。
バウロン情報サイト バウロニズム https://www.facebook.com/Bodhranizm