title_matumiya

インド・ニルギリのお茶の旅

やっと3ヶ月のゼネストが終わり、ダージリンの街のシャッターが上がりました。
茶園の再開も大変ですが「ダージリン・ タウンの一番の問題は、中心の仕事である観光。観光客が誰も来ない静かな状態で、街はとても荒れて汚く、大変な状態。」と現地でお茶の販売している友人が嘆きのメッセージを送って来ました。
何も解決していないけれど、これ以上は復帰させることが大変になるので、ゼネストは中止となりました。引き金となったベンガル語を教育で強要していく問題は大きな問題ですね。

c_merange21-1
南インド茶畑
c_merange21-2

c_merange21-3

さて、今回から、インドのアッサム、ダージリンに次いで、インド3大紅茶の一つであるニルギリ紅茶を紹介したいと思います。
ニルギリとは、南インドにある西ガーツ山脈の南部ニルギリ丘陵でつくられる紅茶の名前です。

南インドの西側がケララ州、東側がタミル・ナードゥ州。
西ガーツ山脈が南北伸びて標高が1000~2000m辺りにTATA系列の茶園の多い、ムーンナール。一番古い最初の茶園 クヌール茶園のある町、クヌールなどがニルギリ茶の主要産地です。
日本では、本当にニルギリの紅茶の名前を知ってる方が少なく、紅茶の本でも詳しく書いてあるものが本当に少ないインドの産地です。
クヌールは、Darjeelingと同じようにインドの裕福な方達の別荘がある避暑地で、美しい建物のホテルやレストランもあり、賑わいのある街です。
私も2012年に訪れた時は、英国人の建てたホテルでゆっくりしたり、スパイス・マーケットやサリーの高級ショップでショッピングをしたりと、山の中の街とは思えないほどの英国風滞在生活をさせていただきました。

ニルギリとはインド語で「青い山」を意味し、12年に1度咲く「クリンジ」の花が山一面に青紫色の花を咲かせ、麓から見ると山全体が青く見えることからその名が付いたそうです。次にこの花が咲くのは、2018年だそうです。是非この時期に行ってみたいですね。

ニルギリは、年間生産量が20万トン。インド紅茶全体の生産量が96万トンですから、約5分の1がここで作られています。
年中、10日に1度程度は茶摘みが出来るほどの高地ですが、気温が高く特に生産量が最も多くなるのが4~5月、9~12月です。この期間で全体の60%以上が生産されています。
ニルギリのお茶は、同じインド紅茶ですがアッサムやダージリンとは全く違い、ちょうどタミールナドウのすぐ南にあるスリランカによく似た爽やかな香りで、アッサムのようなボディもなく、よくブレンドに使われるほど癖のないのが特徴のお茶です。
また、クオリティシーズンの1~3月には、特徴のあるお茶が採れます。それは「フロストティー」と呼ばれており、冬場の霜や涼しい気候が良質の紅茶をつくります。ダージリンのクリスタルフラッシュも凍るような厳しい気候の頃ですが、植物の力は自然と一体化し、凍るわけでもなく特別な味わいのお茶を作り上げます。

ニルギリの紹介は、またゆっくりお話ししていきますが、まずは南インドといえばスパイスの産地。特にマラバール種の胡椒をヴァスコ=ダ=ガマが2回目の航海でコーチンからポルトガルにたくさん運び込んだ事で、一躍インドの胡椒が有名になりました。このコーチンから私の南インドの旅がスタートです。
私は、アーユルヴェーダが大好きでインドやスリランカに訪れるようになりましたが、このケララが発祥の地です。
コインバートルから飛行機で行くと茶園までとても早く着けるのですが、コーチンから入ったのは私の勝手な思いで(そのため一緒に誘った茶友は、長いドライブで困ってられましたが)、スパイスのメッカ、特に胡椒の産地からアーユルヴェーダの現地体験をしたくてこの旅を企画しました。

大好きなカルダモンがいっぱい育つ道を、山の方へと進んで行きます。
私のお茶の旅に、ここからはスパイスの旅も始まります。

c_merange21-4

c_merange21-5

c_merange21-6

c_merange21-7
コーチン バスコダガマ
c_merange21-8

c_merange21-9
南インド カルダモン
c_merange21-10

c_merange21-11
南インド 胡椒


著者プロフィール

『メランジェ的世界の歩き方』毎月21日公開
icon_matsu

松宮 美惠 (まつみや よしえ)

200種類のお茶とお茶まわりのグッズを扱う「ラ・メランジェ」のオーナー。
ラ・メランジェは1988年に京都・北山にオープンし、92年からは同じ北山に店を移転拡張し、2005年9月烏丸二条に移転。2015年5月で対面販売 小売店店舗をクローズ。今後お茶を扱う専門家、飲食関連のサービス、お茶を教える専門家などに今までの経験を生かし指導をしていくことを新しいジャンルとして設ける。ものを売るというよりも、お茶とお菓子ですごす時間や空間、そこから生まれるコミュニケーションが大切だと考え、これを提案したいというのが基本的なコンセプト。このためお茶と食、またそれにまつわる文化に強い関心を持ち、1990年からヨーロッパを中心に海外に頻繁に旅し、情報を常に吸収し、ノウハウを蓄積しているのが強み。最近では、特に中国へ赴くことも多く、中国茶と茶器の品揃えも強化。現在、かの地の文化を修得しつつある。お茶については、海外からはお茶を直接輸入し卸しも行なうが、国内・国外のお茶とも、すべて自らテイスティングし、セレクトしたものを扱う方針。お茶のコーディネイトの仕事も多数。