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月の本棚 十月 わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい

ロバになにか積んで売りに行くというと、花が思い浮かぶ。パンもあった。
いずれも、実際に見たわけではないけれども。それが、下着とは。
駅前の書店で、意表をついて手に取った。私はロバが好きなのだ。

鴨居羊子は1925年、大阪で生まれた。新聞記者をしているとき、「もう大新聞は記者の頭脳のペンを要求しない時代」と、仕事に見切りをつけ、下着デザイナーになった。

ものを批判したり紹介したりする立場から、ものをつくる立場へ。どちらも素晴らしいし、「真の評論家は世の中を新しい方向へ躍動させるエネルギーそのものだと思うことがある」とした上で、「私はなんでもいい。金づちでも、ナベでもいい。ものをつくる方になりたかった」という。

「サーフィンのボードの原型は木切レにすぎないだろう。木切レがサーフィンになり得たのは、人が木切レに寄せた遊びの意識と現代感覚だ。下着の原型は紐か端布にすぎない。それを人々が求める下着にまで高めてゆくのが私の命題」

戦後間もない、下着のお洒落のことなど誰も、考えてみることすらしなかった時代。色とりどりのスリップやガーターベルトなど、ちょっとわくわくするようなチャーミングなアイデアは、鴨居さんのいったいどこから出てきたのだろう?

「女の仲間の中でふんだんにおしゃれをしあい、女くさいまじわりの中から下着の芽が生まれたのではなく、およそ反対の男仲間でつちかわれ、心と形の抵抗から生まれた造形だった」と彼女は書いている。そこに媚態はない。かといって、女性の解放を声高らかに訴えているようにも思えない。

本に作品の写真はなかったので、検索してみると、現代美術のインスタレーションのような写真がヒットした。Aラインの紙のワンピースなんて、そのまま外を歩きたいくらいにかわいい。

でも、アートでなく商売だ。鴨居さんはメーカーとしてより多くの人にこの楽しみを知ってもらいたいと考えていた。

展示会の前日、彼女は思う。「明日から私はインタビューされる立場になる。彼らはきっと私の個展を表面的に採集しようとするにちがいない。そして昆虫の標本のように予見のない死んだ記事が紙面に載るだろう」。表面的な質問をする記者には、それに順応した答えを返そう。その記者と新聞は自分にそれくらいしか求めていないのだから。でも、「無駄でもいいから、その記者に自分の考えていることを十分にしゃべってみよう。それは、その新聞を相手にするというよりは、記者を、その人間を相手にするということである」。そこが大事なんだ!と深く頷いてしまう。

鴨居さんは温かいひとだ。
自分の毎日を西部劇になぞらえる。それも女でなく男。「お酒を飲みに行ってバーに座る腰つきまで、女のくせにジョン・ウェイン的になったりした」なんて笑わせてくれる。
せっかちゆえに時計を嫌う。絵を描いているときは、時間から解放された。そんなとき夢想したのが、「海と野原に囲まれた工場で、できたての商品をロバで運んでいる自分の妙な姿だった」。ロバはゆっくり、歩を進める、温かで優しい動物だ。

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『わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい』 鴨居羊子 著
(鴨居羊子コレクション1『女は下着でつくられる』収録 図書刊行会 2004)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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