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第二十二回 映画「ダンケルク」
http://wwws.warnerbros.co.jp/dunkirk/上映中

時は第二次大戦。
イギリス・フランス連合軍40万人は、ドイツ軍の電撃的な侵攻によって、北海に面した港町・ダンケルクに追い詰められた。
1週間のうちに脱出しなければ、ドイツ軍が押し寄せてくるだろう。
ダンケルクの海岸に帰国を願うイギリス兵があふれる。
空からは機銃掃射を打ち込んでくる。
というのに、防波堤は1本しかない。
長い堤防に行列を作ってイギリスからやって来た輸送船に乗り込む。
これでやっと帰国できると安堵するタイミングで毛布を渡され、次にジャムパンを渡される。
ホーローのバットの中に、あんずジャムを塗った食パンが放り込まれているのを1枚とって、立ったまま食べる。
ホーローのカップに入ったあたたかい紅茶とともに。
空っぽだった胃が少し重くなり、体があたたまって、自分は生きながらえたとほっと安心した兵士たちの間から「わーっ」という雄叫びが一斉に上がる。
その瞬間、船に魚雷が打ち込まれ、兵士たちは冷たい海水の中に没していく。

民間の船まで徴用し、40万人の兵士を無事帰還させた脱出劇は、イギリス人の間にいまも語り継がれる国民的美談。
これを再現するのにSFXに頼らず、当時の船や本物のスピットファイア(戦闘機)を世界中から持ってきて使用。
軍服も、紐の結び方まで完全再現して、無数のエキストラたちに着せている。
まさにダンケルクを完全再現する一大プロジェクト。
おそらく、パンのシーンも当時そのままのはず。
秋葉原さながらにメイド服を着た見目麗しい女性に手渡されるのは地獄に仏の気分だろう。
紅茶にジャムトーストはまさにイギリス。
日本なら梅干しの入ったおにぎりとなる。
なにげないものが、限界状況で食べれば一生忘れられない食事に。
食べる行為はまさに人間が生きる証なのだ。

ヒーローなき戦争映画。
敵をやっつけるわけではなく、無事逃げられるかどうかという撤退戦。
いまの時代と同じシチュエーションだなと思った。
もはやこれ以上経済成長することはない。
北朝鮮から核ミサイルが飛んでくるかもしれないし、大地震だって原発事故だってあるかもしれない。
少子高齢化で老後もどうなるかわからない。
かといって政治もひどいので、まるで希望がもてない。
命が惜しくてみんなが逃げ惑うこんなパニックがこの先待っていそうだ。
私たちの近未来を映画として見せられている感じがした。
それで思ったのが、じたばたして理性を失うのがいちばんかっこ悪いということ。
人を押しのけて自分だけ先を急いでも、結局焦って状況判断を誤り、余計に生き延びる確率が減る。
だから、理性だけは失うなと、今から未来の自分に向かって言っておく。

イギリスに帰り着いた兵士が、「よくやったな!」と声をかけられ、「ただ生きて帰ってきただけだ」と応じると、「それがいちばんすごいことだよ」と言われる。
それでいいんだよな、と思った。
なんかいいことやらなきゃと思って必死になるが、結局たいしたことはできなくて自分にへこむことの繰り返し。
家族や周囲にもそれを期待して、いらぬプレッシャーをかける。
それだったら、「生き延びただけですごいことなんだよ」って思ったほうがどれだけ力が出ることか。
うん、それでいこう。
そして、ときどきあんずジャムトーストが食べられればそれで幸せだ。

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著者プロフィール
月刊連載『月刊 池田浩明 やっぱりパンでした』 毎月3日公開

icon_ikeda池田浩明(いけだひろあき)

パンラボ主宰、ブレッドギーク(パンおたく)。
パンを食べまくり、パンを書きまくる人。
パンラボblog(panlabo.jugem.jp/)、twitter( @ikedahiloaki )、朝日新聞デジタル「このパンがすごい!」でパン情報発信。
もっとおいしく安全な小麦を日本に広げるプロジェクト「新麦コレクション」代表。