masakitokuda

第二十二回 PEUGEOT 307

先日、長年お世話になった愛車を廃車にしました。
「プジョー 307」。かれこれ10年前、自分で会社を始める少し前に購入し、開業の準備期間から今までずっと一緒に頑張ってきた相棒でした。
10万キロも超え、何度か動かなくなったり、ウィンカーとか窓なんかも動作が怪しく、ベルトやポンプなんかもへたっていて、もう相当ガタが来ている状態。 2年前の車検時に、すでに車屋さんには廃車を勧められたけど、何とか気持ちで無理矢理2年乗ったという感じです。流石にそろそろ引退の時期が来たかなと思い、今回の車検を機に、断腸の想いで廃車を決めました。

c_sb22

10年前の会社員当時、やっていた仕事にも会社にも何の大きな不満もなく、むしろかなり恵まれた環境でした。それは、自分でお店や会社を始めてみて、本当に心からそう思います。ただ、かねてよりの独立への憧れに加え、自分自身の未来に対する漠然とした不安と焦りのようなものを、じわじわとずっと感じていたのも事実でした。何となく地味に悩み続けた末、31歳のある日「会社を辞めよう」と思い立ちます。特にきっかけがあったわけではなく、何か自分で始めなくてはいけないと、居ても立ってもいられなくなったという感じです。

ただ、独立するのはいいけど、何しろ急に思い立ったのに加え、元々計画性のない僕は大して貯金もしていなかったし、準備らしい準備は何も出来ていませんでした。で、出来る事の手始めにまず当時乗っていた車を手放そうと思いました。当時、僕は自分には不相応な大きくてお金のかかる車に乗っていて、今思えば多分あまり似合っていなかったと思います。その車を手放すという事は、独立資金の手始めという事はもちろん、それまでのある程度恵まれた環境や生活と、恐らく色々難しいであろうこれからの自分の人生に対する区切りというか決意というか、何か儀式的な意味合いが強かったような気がします。会社を辞める事を決めた日、車を買い取ってくれる業者に電話をしました。

その代わりに購入したのが「プジョー 307」です。実は当初、この車に別段思い入れがあったわけではなく、小さくて安い車を探した結果、色々候補のあった中「これでいいか」くらいの気持ちで決めました。それまで乗っていたドイツ車の硬い足回りとは真逆のしなやかな乗り心地。シンプルなインパネ周りや内装。特徴的なヘッドライトとテールデザイン。乗り始めて、すぐに大好きになりました。フランス車という点もいい感じです。性能や機能性もさることながら、やっぱり車は見た目も重要です。「307」は何と言ってもお尻周りのデザインが本当にカッコよくて、いつも停めてある自分の車に見惚れてました。

今のお店の物件を見つけたのもこの車だったし、開業準備のためにホームセンターや関係各所を何度往復したかわかりません。開業後も、打合せや家具の納品も全てこの車で行きました。公私含め、独立から開業、そして今までの本当に楽しい時も、いろいろしんどい時も、この車が一緒だった気がします。

そんな創業当初から、支えてくれたメンバーが退職していくような寂しさ。廃車前の最後の思い出に、僕と妻とプジョーで滋賀県にドライブに行きました。妻でさえ「もうええやろ」というくらい写真を撮ったのに名残惜し過ぎて、その後結局(すでに新しい車が納車されているにも関わらず)、廃車日を車検期限ギリギリまで、一ヶ月ほど延ばしてしまうグダグダぶり。実は、車の引取の当日の朝まで「やっぱりあと2年乗ろうかな」なんてウジウジ悩んでましたが、業者のおっちゃんの鬼のようなサバサバした対応(笑)で、逆に踏ん切りがつきました。

今の若い人たちは、車を買う人がすごく減ったなんて話をよく聞きます。車は、最初に買える自分だけの空間だと思うし、さらに遠い場所へ連れて行ってくれたり、重い荷物を運んでくれたり、雨とか風とかからも守ってくれます。その時々の感情、一緒に乗っていた人や、見えていた景色、流れていた音楽なんかとセットで思い出や経験になるとても素敵なものなので、ぜひ若い人たちにも乗って欲しいと思う今日この頃です。


著者プロフィール
月刊連載『月刊 唄鳥』毎月5日公開
icon_songbird徳田 正樹
インテリア・プロダクトデザイナー
SONGBIRD DESIGN STORE.」代表

京都生まれ。大学卒業後、内装会社勤務を経て、1999年「IREMONYA DESIGN LABO」の立ち上げに参加。その後、2008年まで同社のデザイナーと代表を務める。2008年退社後、Masaki Tokuda Design.設立。2009年に、京都でカフェを併設したインテリアショップ「SONGBIRD DESIGN STORE.」開業。