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蛸のサンダル 第17話 カカオ

プロフェッショナルとは何か?ということを考えながら、毎回このコラムを書いている。言葉の持つイメージは幅広く、単に仕事として”対価(報酬)”をもらうことに始まり、「課された仕事をきっちりこなす」など”職務”への姿勢を示すことも多ければ、その道の専門家(スペシャリスト)を指す意味合いで用いられる場合も、しばしばだ。

職業というものが、こんなにも重視されるようになったのは歴史上いったいいつからなのか。やはり「身分制」ではなくなってからだろう。外国に長く住んでいるある人が、こんなことを言っていた。日本ではこどもたちに将来について尋ねると、必ず「●●屋さん」と答えるのが定番になっている。しかし、他の国でその質問をすると「官位」を求める答えが返ってくるという。何等の役人になる、大臣になる、あるいは企業なら社長になる、という具合に。そこでは何屋なのかは手段であって、ポジションが何位なのかが重要な将来像になっている。そう聞いて、日本もかつてそうだったのではないかと思ったりもする。太平洋戦争後の価値観がいまでは普遍的に当たり前になっているけれど、それ以前は民間企業が、もっと言えば第三次産業である飲食業などが「憧れの職業」と呼ばれていたかというと、そうではなかったはず。戦後の長い平和と、食の仕事の地位を上げていった先人たちのおかげで、いまがある。

食べものの歴史を調べていると、過去の「食」の情報の少なさをもったいなく思う。穀物、畜産水産、野菜や果物、料理や調味料や甘味、そのルーツはどこにあるのか?いつ誰が考え、どこで広まったのか?最初はどんな味だったのか?誰かが残してくれなければ、後世に生きるわれわれは辿りようもない。書き残してくなかったら、あるいは栽培されなくなるなどの理由で、そのもの自体が失われてしまったら・・・? 味は永遠に知ることができなくなる。
学生時代には政治史を学んでいたわたしも歴史と言えば政体と統治、主権をめぐる戦争の歴史だと捉えていたのだが、食に関わるようになってから、表舞台に思えた王たちの歴史よりも、王宮の温室でレモンが栽培されたことやトマトは食べずに鑑賞されていたこと、中南米では辛い飲み物だったカカオがヨーロッパでは甘い飲み物になったのはなぜかというようなことにばかり興味が向くようになってしまった。

カカオはチョコレートの主原料。チョコレート消費国に住んでいると、カカオが生産される熱帯の環境や、生産者の人々の暮らし、どのようにカカオが栽培されているのかについては、あまりよく知られていない。
カカオの実(カカオポッド)はラグビーボールのような形をして、緑や黄色、オレンジなどさまざまな色をしている。外皮を割ると白い果肉が顔を出す。果肉は甘酸っぱく、中には紫色をした種が包まれている。この種を発酵させて、チョコレートの原料「カカオ豆」をつくる。

カカオの品種はこれまでクリオロ、フォラステロ、トリニタリオの3種類と言われていたが、研究が進んだ現在では、トリニタリオと呼ばれていた交配種はさらに細分化した品種として考えられている。産地である熱帯雨林の山奥には、まだ遺伝的に未知の品種があるとも言われている。カカオの種の紫色はポリフェノールだが、最近珍しい「白い種」ホワイトカカオも見つかった。と、カカオの最新情報を誰よりも詳しく、わたしたちに教えてくれるのが今回の登場人物、カカオハンターの小方真弓さん。

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小方さんはチョコレートとカカオの世界で20年のキャリアを持つプロフェッショナル。プロフェッショナルという言葉がまさにふさわしい女性。カカオのためにコロンビアに移り住み、現地の人々と手を携えて暮らしている小方さんの仕事は、幻のカカオを探す”ハンティング”だけではない。より良い品質のカカオ豆をつくるべくカカオ栽培や発酵を教え、第一線のショコラティエが求めるクーベルチュールチョコレートを繊細な技術で製造し、自分たちのオリジナルブランドも築き上げてきた。現地の人々に深く慕われ、性格も温厚で優しく情熱的な、素敵な方であります。「あ、これは例の蛸でございますね」とおっとりと依頼を引き受けてくださいました。

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小方さんの蛸のイラスト、まずは練習その1。帽子にブーツ?

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練習その2。「蛸に髪の毛なんてどうでしょう?あら、だめだわ、気持ち悪い(笑)」

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完成形。「明日天気になーれ!」と占ってる蛸をイカが見守るシーン。ヒトデと魚が、集まってきております。

小方さんとは「洋菓子材料図鑑 vol.4」でカカオの教科書と題し、植物としてのカカオからチョコレート製造までのあらましを追いかけさせてもらった。ビーントゥバーチョコレート店主の皆さんたちと共同で産地の異なるカカオ豆のティスティングもした。サイフォンコーヒーの名手、丸山珈琲の中山吉伸バリスタ(2013、2015日本チャンピオン)とのコラボレーションで、カカオ豆の異なるチョコレートとコーヒーとのマッチングも体験した。

いずれの取材でも、小方さんが発するそれぞれのカカオの味、香り、テクスチャの表現は的確で、言葉の使い回しや陳腐さがない。カカオへの深い深い、誰にも負けない愛情から来るものだろうと、本当に感嘆させられるし、カカオのことをもっと伝えたいと思う気迫が伝わってくる。さて勇気を持ってこのコラムに書き記しておくけれども、わたしは将来、小方さんとカカオ図鑑をつくりたいと妄想している。どんな本になるかわからないし、いつ実現するかも未定なのだが、彼女のプロフェッショナルな情熱に適うエネルギーを、わたしも発して生きていきたいと思っている。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

出版社 柴田書店勤務。外食業担当からキャリアをスタートし、料理技術、宿泊業、製菓製パンなど幅広いジャンルをカバーする食の編集者。パティシエの小山進さんや辻口博啓さんの書籍などを担当。「mook 洋菓子材料図鑑vol.4」編集長、「mook The Coffee Professional」編集長など。趣味はベランダ園芸。今夏はジャガイモとナスを栽培中。