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百年の計、河清を俟つ(Tom Petty & Karl Marx)

「市は平穏であった。追剥もなく、強盗もなく、酔っぱらいのけんかさえもなかった。夜間は、武装巡察隊が静まりかえった街通りを巡羅し、街角では兵士と赤衛兵たちが、小さなかがり火のまわりにうずくまって、笑い興じたり歌ったりしていた。昼間には、おびただしい群衆が歩道にあつまって、学生と兵士、実業家と労働者、の間のはてしない激論に耳をかたむけた。」(ジョン・リード『世界をゆるがした十日間』第7章の冒頭部分より)
 このコラムが出るのは、2017年11月10日。引用はちょうど百年前の1917年11月10日、当時のロシアの首都ペトログラード市内の様子を伝える。稲垣足穂の『一千一秒物語』からも6年さかのぼる。ロシア革命(11月革命)も真っただ中で、犠牲者を出しながら、激動、戦闘がさらに続く。その合間の街頭の「平穏」を一人のアメリカ人が書き残した。
 ロシア革命から百年ということで、日本でも捉えなおそうという試みを見かけるが、そのとき出来上がった国が今ではすっかりなくなっている。ロシアはあるが、ソ連邦はない。そこがフランスとは大違いで、1789年7月14日、バスティーユ牢獄襲撃の日付を国家的祝典の日として受け継ぐ。いまのロシアでそんなことはありえないし、そもそも二つの革命がめざしたものを同列に扱うことはできない。ただ、国がなくなっても、後代が事柄の歴史的な評価を繰り返し冷静に吟味することは、忘れてはならない責務である。故意に何かを修正し、捻じ曲げようとするのではなく。
 私はレーニン主義者になったことがない。だからマルクス=レーニン主義者になったことも。それでも文献としては複数目を通したし、中でもマルクスの『資本論』は格別だ。昨年ここでもお話をしたスピノザの『エチカ』と並んで、ただし第1部のみだが、今までに3回は読んでいる。経済には全く不案内な私にとっても飽きが来ない、というか、そもそもこいつは経済学の本ではない。経済学批判なのだ。その返す刀で、著者が生まれ育ったオリジナルの領野である哲学・思想に切り込んでくる。
 そのための伝家の宝刀が「資本」であり「商品」だった。古来、たとえば神だの実体だの、主観と客観、必然と偶然、演繹や帰納に弁証法などと、いろいろな概念とそれらの運用も編み出されたが、先哲の諸氏よ、いつも私どもの周りに当たり前のような顔をして行き来している数々の品物、改まって申し上げるなら「商品」、考察の対象としてこれほどに込み入りながら、これまでほとんど顧みられなかったものはございません。ひょっとすると「神様」と呼ばれてきたのは、こやつの化身かもしれません。しかも皆様、これらをどのようにやりとりされますか。売って買う。そうですね。では、どうやって? 「そりゃお金だよ」。ほらほら、こちらも改めるなら「貨幣」ですが、じつはこれこそが「商品」の究極にあってすべての謎を握っている。これぞまさしく価値という名のカミ(神=紙)、ではありませんか。
 分析の先には全く別の世界が見えてきた。そのことは今も変わらない。同じころドイツ語圏ではニーチェが「権力(Macht)」を、フロイトが「夢」と「無意識」を携えて乗り込んできた。世紀をまたいで、ピカソの絵筆がそれを画きとめ、詩ではすでにボードレール、そしてマラルメ、散文ではジョイスが、プルーストが、あるいはカフカが描き始めた。人間の慢心と傲慢をくつがえす知の営みには終わりがない。目標が見えないということではなく。

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 ごろっと話題を転じまして、10月3日、ニュースの見出しの中に「ロック歌手トム・ペティ急死」の一報を見つけ、とても驚きました。最近、再評価して耳を傾けることが多かったのでなおさらのこと・・その日のうちに、NHKFM土曜朝のウィークエンド・サンシャイン(DJ ピーター・バラカン)に1曲リクエストのメールを入れたところ、14日の追悼特集では無事(?)9曲目に流れました。Learnig to Fly・・番組の冒頭、物凄くたくさんのリクエストが寄せられて、曲の種類も多いと言うから、どうかなと思いましたが。
 このホームページとの関わりでもう1つご紹介すると、去年11月のコラムでニルヴァーナを取り上げましたが、カート・コバーンが亡くなりバンドも解散してまもなく、ドラマーだったデイヴ・グロールにトム・ペティが声をかけたそうです。テレビのライヴで一緒にやってくれないかと・・デイヴは、何でオレなんだ? と思いつつも、ドラムが叩きたいから「やるやる」と二つ返事で承諾して、出演、共演。トムの懐ろの深さがよくわかるエピソードです。そう言えば、四半世紀も前、私がオランダにいたころ、現地のMTVでは、ニルヴァーナのメジャーデビュー曲 Smells Like Teen Spirit の、あの衝撃の、なんやコレ、というビデオが、トムのこの曲と一緒によく放送されました・・私のリクエスト曲、ご存じない方は、よろしかったらYouTubeでどうぞ。オフィシャルビデオです。

https://www.youtube.com/watch?v=s5BJXwNeKsQ

 たぶん今月中に、新作が出ます。トムじゃないですよ、私のね。もちろん、彼のアルバムももっと聴きたかったけど・・ご興味のある方は、河出書房新社のHPをご覧ください。では。


 

著者プロフィール

mensuel『一路多彩 -pluralité unique-』毎月10日公開
nina蜷川泰司(にながわやすし)

1954年京都市に生まれる。文芸作家。2003年に最初の長篇『空の瞳』(現代企画室)でデビュー。2008年には、対話的文芸論『子どもと話す 文学ってなに?』(現代企画室)を上梓。
2013年の作品集『新たなる死』(河出書房新社)の冒頭を飾る「コワッパ」の執筆にあたっては、舞台となるル・プチメック今出川店からのご協力をいただき、店舗への取材を重ねている。
21世紀の初めから現在まで、第二の長篇『ユウラシヤ』に取り組んでいる。2015年9月、そのプロローグにあたる『迷宮の飛翔』(河出書房新社)を発表。今年(2017)は第1部にあたる新作『スピノザの秋』を刊行する。