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第二十三回 映画「ホノカアボーイ」

空気が読めない鈍感ボーイと、好きな人にせっせと料理するおばあちゃん。
一行で言えばそんな映画である。

彼女と旅行で訪れたハワイで迷ったとき、道を尋ねた映画館で、住み込みで働くことになったレオ(岡田将生)。
ひなびた町ホノカアにあるその映画館の名物はビーのマラサダ。
マラサダの作り手「ビー」は近くに住む料理上手のおばあちゃん(倍賞千恵子)。
レオがカップラーメンしか食べない境遇であることを知ったビーは、毎日ごはんを彼のために作ってあげる。

ビーは50年前に夫を亡くし、一人暮らし。
どんな人だったかレオが訊ねると、「レオに似た人でした」と。
だから毎晩料理を作ってくれるんだと見ているこちらはすぐ勘づく。
それなのに、レオは「僕に彼女ができたら、料理を教えてくれる?」と訊いてしまう。
ビーが無言になると、聞こえなかったと勘違い、もう一度「僕に彼女ができたら、料理を教えてくれる?」。
ビーにとってレオは、50年ぶりに帰ってきた夫、あるいは恋人。
レオにとってビーは、母親か田舎のおばあちゃん。
料理を作り、それをうまそうにぱくぱく食べることで成り立っていた関係はすれちがいはじめる。

ハワイのうつくしい自然、けだるい田舎町と、個性的な人物たち。
そんな単調な映画だと思っていたら、半分を過ぎた頃、一挙に感情をつかまれたのは、食卓に手つかずで残されたエビフライを見た瞬間からだった。
ある日、美人のマライア(長谷川潤)と知り合ったレオはデートに夢中になり、約束した夕飯をビーのところに食べに行くのを忘れるのだ。
誰かに食べてほしくて作った料理が食べられないことってどうしてこんなに悲しいんだろう。

最初は夕飯作ってくれて大感謝だったのに、だんだんぞんざいになっていくレオ。
誕生日会を開いてくれることになり、マライアも招待。
ビーがケーキを作ってくれているのに、マライアがケーキをもってきてしまう。
料理をしてくれるビーはそっちのけでマライアと盛り上がるレオ。
堪えきれず家を出て塩を買いにいくビー。
するとマライアが倒れる。
ビーが作った料理にピーナッツが入っていてアレルギー反応が起こってしまったのだ。
救急車で搬送された病院からビーに電話、「なんでピーナッツ入れたんですか?」とレオ。
問い詰められた心労からかビーも倒れ、目が見えなくなってしまう。

2008年の映画だから倍賞千恵子はこのとき67歳。
年老いたなと思う一方で、やっぱり私の中では「さくら」なのだ。
さくらもそういえば、妹なのに寅さんにとっての母親役をさせられていたっけ。
日本の男は、みんな女性たちに母親をやらせてしまうんだな(自省)。
その癖、作ってもらったごはんも食べず、外をうろつきまわっているんだな(激しく自省)。

ベッドの脇で「ごめんなさい」と謝るレオにビーはどうするか?
「ハワイハワイと来てみたけれど」と民謡調の劇中歌「つきのにじ」を歌って慰めてあげる。
自分がひどい目に遭ったのに、やっぱり母親なのである。
愛は取引ではない。
いつも不公平で一方通行なものなのだ。

ビーの作る料理を担当したのは、料理家の高山なおみ。
映画においしそうな料理が登場してみんなほっこり、という流れは「かもめ食堂」で確立された感がある。
「かもめ」のシナモンロールは、ここでハワイのご当地ドーナツ「マラサダ」にそっくり入れ替わった。
マラサダは丸いものだって私は思い込んでいたが(たとえば写真のブラフベーカリーのもの)、そうではなく、「ホノカアボーイ」のマラサダは四角い。
本当にホノカアにあるTEX DRIVE INNのマラサダは四角いので、これをモデルにした模様。
切りっぱなしでできるのでリング型より作るのが簡単なんじゃないか?
そう甘く考えて、ネットで見つけた高山さんのレシピで作ってみたところ、とんでもない大失敗。
あんなにダマダマだらけの生地を作るパンライターってどういうものなんだろう? と自分で自分に対し疑念を抱いてしまった。

3度試みたが、一度もまともなマラサダはできなかった(画像の公開は自粛)
私はやっぱりパンは食べるだけにしておこう。
いろんな人に愛をもらって生きていく鈍感ボーイである。

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著者プロフィール
月刊連載『月刊 池田浩明 やっぱりパンでした』 毎月3日公開

icon_ikeda池田浩明(いけだひろあき)

パンラボ主宰、ブレッドギーク(パンおたく)。
パンを食べまくり、パンを書きまくる人。
パンラボblog(panlabo.jugem.jp/)、twitter( @ikedahiloaki )、朝日新聞デジタル「このパンがすごい!」でパン情報発信。
もっとおいしく安全な小麦を日本に広げるプロジェクト「新麦コレクション」代表。