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月の本棚 十二月 甘酸っぱい味

口あたりがよく、ふわふわした食べものではなくて、硬く噛み応えのある、滋味深いもの。それが好きなのか嫌いなのかわからないまま、しばらく食べるうち、じわじわとおいしさに目覚めていく。そんな感じで、吉田健一の本に出合った。

それから何年かして、「月よみ堂」という古本バーで、目の前に置かれていたのが『甘酸っぱい味』だった。終戦から12年経った1957年3月から6月、地方紙に連載された100の随筆。それを書いたとき、彼は45歳だった。

甘いこと辛いことを書こうとして「甘辛」という題にするつもりだったのが、辛いことが書けるかどうか自信がなくて「甘酸っぱい味」になったのだそうだ。読む人によっては、ピリ辛くらいに感じられるかもしれない。

移り変わる時代のさなか、昔ながらの「おでん屋」が東京から姿を消している、という話があった。「おでん屋」というのは安く飲み食いでき、お金をかけずに豊かな気持ちになれる場所。安いお酒は安酒とは違う。店主の心がけで、安くてもおいしいお酒やおでんが出てきた。でもそれを大衆食堂的にすればもっと安くできるから、という理由で、カレーや中華丼も出されるようになり、昔の「おでん屋」は失われてしまった。しかし道頓堀には昔のままにまだあり、「人間の生活が残っていた」と締めくくる。

フランスの「カフェー」は、何もしないでぶらぶらしているための場所。そこではコーヒーや食事だけでなく、「頼めば便箋と封筒、それにペンとインクも持ってきてくれる」のらしかった。同じ場所でなんでもできるから、安心して何もしないでいられる。日本では何もしないでいることが容易ではなく、「無駄に暇が潰されて行く」。

暇とは、何だろうか。

釣り人は暇に思えるけれども、机に向かって仕事している人間を誰も暇とは思わない。でも、「机に向っていて、少しも時間に追われず、時間を追ってもいない」状況で、「仕事も一つの平面に広がって、自分はその上を手持ちの駒を動かしていくだけで仕事が進むとなれば、これは釣りが好きな人間が釣りをしている時の気持ちとどこも違っていない」。

忙しくてまわりが見えなくなっていたり、一つのことにばかりにとらわれていたりするのではなく、心が平静に保たれている状態。それを暇というらしい。暇とは、そんなに素敵な状態だったのか。
旅館で、「ここは自分の家ではないが、自分の家にいるのも同じなのだという考え」にさせてくれる場所があった。逆に自宅で、色褪せたカーテン越しに西日が金色に差す午後遅く、その光景が好きな彼は考える。「自分の家にいないのに、いるのと同じ気持ちというのは、家にいるのに他所と同じ満足を感じるのに似て来る。どっちでも、自分のいるべき所にいることに変わりはないのである」

どこにいてもリラックスして、しっかりものを見たり考えたりしたい、とせつに思う。
何度目かの『甘酸っぱい味』を読み終えて、細い三日月を見上げた。

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『甘酸っぱい味』吉田健一著(ちくま学芸文庫2011)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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