title_saeki

二十四杯目 僕が越える分水嶺

友達と集まれば恋の話ばかりしていた若者も、歳をとると健康の話をしはじめる。BARトーストのお客さんもご多分に漏れず、30半ばを過ぎた常連さんたちは、5キロ痩せたいと口にする。

お恥ずかしい話だが、ここ数日血圧が高い気がする。高血圧の原因は、体重の増加、睡眠不足、塩分過多、加工食品の多量接種、酒、タバコ、ストレス……僕の生活で高血圧にならないほうが不思議なくらいだ。

そりゃあ、成人式やセンター試験の真っ只中にいる若者たちの倍近く生きてるわけだから、身体にガタがきたっておかしくない。健康は大事だけど、20年後も常連さんたちと、持病が、薬が、ヤブ医者が、なんてカウンターで言い合えたら幸せだなと想像してみる。

人は40歳ぐらいに分水嶺があると思う。さまざまな経験を武器に、これまでできなかったことができるようになるかもしれない。でもそのかわり、それまで比較的簡単にできていたことができなくなる。必要なものだけ抱えて走る必要を迫られて、持ちきれないものはどんどん捨てていく。そしてリセットボタンは消滅する。

なんだか怖いことだけど、分水嶺はみんなに平等にやってくる。そして残念なことに、いまがあなたの分水嶺ですよ、とは誰も教えてくれない。いつの間にかはしごが外され、もう後には戻れない。

結婚や出産といった、人を巻き込まない生き方を選んだ僕は、20代の終わりごろから、一人で来るべき分水嶺に備えて準備をはじめていた。僕の場合は、モヤモヤした信念を言語化し、自分に合った道具を見つけて、夢を持つこと。とても難しい。

僕はいま、静かに分水嶺を超えているところだと思う。近くに聞こえはじめた社会的老化と肉体的老化の足音を、静かに受け入れようとしている。もう5年もすれば、簡単には人生のやり直しはきかなくなるだろう。

実家から送られてきたみかんの皮をむきながら、父や母はどうだったんだろうと想像する。姉と僕が産まれたことで、嫌が否でも、たくさんのものを捨ててきたはずだ。夢を持つなんて余裕はなかっただろう。でも母は、僕が夢を見つけたよと話したとき、とても喜んでくれた。ちょっと戸惑うくらい。それが親というものか。

ムズムズしてた10代。グルグルしちゃった20代。ワクワクさせてもらった30代。そして、40代の2018年は、軽やかで自然な自分を過ごしたいと思っている。昨年よりも刺激的で楽しい時間を求めつつ、これから10年かけて描く長くて大きな放物線の、静かで揺るぎない一筆めになればいいなと思う。まずはダイエットから、よーいドン。

皆さま
新年明けましておめでとうございます。
2018年も、よろしくお願い申し上げます。


著者プロフィール

月刊連載『外苑前マスターのひとりごと。』毎月15日公開
icon_saeki佐伯 貴史(さえき たかふみ)

BARトースト』のマスター
コーヒー会社で営業を経験後、雑誌の編集に興味を持ち『R25』『ケトル』等の媒体に携わる。歌と本と旅と人が好き。餃子は酢とコショウで食べるのが好き。