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月の本棚 一月 語りかける花

週に一度、年にしたらひと月半は着物で過ごす生活が、数えてみたらもう10年も続いている。もとはといえば家の箪笥の、今では誰も着なくなった着物に、たまには風を通そうと思ったことが始まりだった。それらはただの古着に過ぎなかったが、布に身を包まれる感覚に、すっかり夢中になってしまった。
それに、たとえば半世紀も前に仕立てられ、伯母が気に入って着ていたものを今、わたしが着て全然おかしくない、というのは、すごいことではないか。

染色家の志村ふくみさんの最初の随筆、『一色一生』はそんな伯母が読んでいた本だった。この人が書いたものをもっと読んでみたいと思い、二番目の随筆集『語りかける花』を手にした。そこには、真摯に仕事をする人の言葉があったからだ。志村さんが仕事を通じて人の生き方を見つめ、人との出会いにより自分の仕事を見つめるこの本で、芸術家であれ職人であれ、真摯に仕事をする人には似たところがあると思った。

野山で木や花の声に注意深く耳をすまし、その色を採取し(枝などを炊きだして糸を染め)て、織るのが志村さんの仕事だ。植物から命をもらい、織物へと生まれ変わらせる。パンにたとえたなら、果実や花の声を聞いて、酵母を採取し、生地を発酵させ、一期一会のパンを焼き上げる感じだろうか。織物は、蚕を育て糸を紡ぐところから始まり、志村さんが携わる染色や織りの工程があり、さらにそれを着物に仕立てれば、50年100年と人の身体をやさしく包む。

直観、という言葉があった。直感ではなくて直観。本質を見抜くこと。

「注意深く見つめれば、自然はおのずから、その秘密を打ち明けてくれる。それは秘密などというものではなく、自分が何かに心をうばわれ、見落としている現象である」

人や自然との対話を、しっかりと受けとめる。それが美しく尊い仕事を生むのだ。

志村さんが藍染をする同業の人を緊張感を持って訪ねる話があった。拭きあげられた清潔な仕事場で、言葉少ななその人から伝わってきたのは、カンがいい人、ということだった。

「カンとは一体何なのか。まず第一に、自分の仕事の領域をはっきり見定めている。その範疇では何一つ見のがさない。心のこもる思いやりがすみずみにまで行きとどいている。その領域からはみ出さない。怠けない。手をぬかない。それらのことが土台にあって、はじめてカンが働く余地が出てくる。ゆとりが出てくる。カンはかすかな、じっと耳を澄まさなければきこえない音である。匂いである。言葉におきかえることのできないものである」

どうしたらよい仕事ができるかなど、本当のことはhow toでは語られないのだ。

嬉しいことや悲しいことや、楽しいことやつらいことや、経験が織りなす模様が人生に微妙な陰影や色彩を与えるのだとしたら、年を重ねていくことは、一枚の布を織っていくようなものなのだろう。自分の仕事を省みながら、いま、自分の布はどんな風合いだろう、と思う。

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『語りかける花』志村ふくみ著(ちくま文庫2007)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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