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フィル・ライノット その2

(つづき)
その夜、教えてもらったCapelストリートのパブに行くとリアムはすでにギネスを呑んでいた。きっと一杯目ではない。リアムは素面でも強いダブリンアクセント(訛り)を早口で話すので、初めてアイルランドに来た私は聞き取るのに苦労していたのだが、お酒が入ったリアムの言葉はとうてい英語と聞き取れないほどであった。しばらくするとリアムのお兄さんパットとパットの奥さんも合流した。初めてアイルランドに来たというと、パットはゆっくりとした語り口調でフィルやシン・リジィの昔話を次々と話し始めた。そのうちフィルのお墓の話になり、「そうか、フィルのお墓に行きたいのか。それだったらサットン駅から北に行った St.Fintan’s Cemeteryだよ。」と言うと、カウンターの向こうにいたバーマンからボールペンを借りてビアコースターの裏に”St.Fintan’s”とメモを書いて渡してくれた。

翌日例のメモを握りしめ、DART(ダブリン近郊を南北に結ぶ電車)に乗り町の中心から20分ほど北にある小さなサットン駅で降りた。
改札口で駅員にメモを見せると、駅員は指をさしながら「この道をまっすぐ行って右側だよ。途中交差点を越して、左側に教会、右側に海、さらに歩いていくと右側に学校があって、その先だよ。歩いていくのかい?大分距離があるけど歩けないことはないな。」と教えてくれた。
駅員にいわれたとおり歩き始める、途中交差点の脇の花屋でバラを一本買い、教会、海、学校をとおりこし30分ほど歩いたであろうか、やっと墓地の入口を見つけ中にはいった。
とうとうここまで来たのだなという感激と、この広大な墓地の中で目当てのお墓を見つけられるのかという不安が入り混じる。事務所らしき場所はカギがかかっていて誰もいない。仕方なく端から一つ一つ探し始めた。1時間ほど歩き回ったころ、3人組のグループから呼びかけられた。
「フィル・ライノットのお墓を探しているのかい? あの花の沢山あるところ、僕たちもいまお参りしてきたところだよ。早くバラをあげて誕生日をお祝いしてあげなよ」
と言うとゲートの方に歩いて行った。

アイルランドの物語のなかに迷い込んだような体験、そうその日はフィルの誕生日の8月20日だった。

リアムのフォトアーカイブのサイト
http://www.quigleysarchives.com/

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※写真:St.Fintan’s

 


著者プロフィール
月刊連載『パイント・オブ・ギネス プリーズ!』毎月8日公開
icon_naga長濱武明(音響空間デザイナー・アイルランド音楽演奏家)

1992年に初めて訪れたアイルランドでアイルランド音楽と特有の打楽器であるバウロンに魅了され、以来十数回の渡愛の中で伝統音楽を学び、建築設計の実務も経験する。現在は音響空間デザイナーとしての業務をこなしながら、国内におけるバウロンプレーヤーの第一人者として国内外で演奏活動をする他、プロデューサーとしてコンサートやワークショップを主催している。
バウロン情報サイト バウロニズム https://www.facebook.com/Bodhranizm