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2月 のり巻き

 節分の日、インスタグラムにたくさんののり巻きの写真がポストされていた。恵方巻きではなく、家でつくったのり巻き。節分にのり巻きを食べる習慣を知らなかったし、去年の節分にこんなにのり巻きの写真がインスタグラムにポストされた記憶もない。何人かの友人に「節分にのり巻きを食べる?」と訊いても、「え? 恵方巻きですか?」という答えが返ってくるばかりだ。
 そもそも節分に吉方を向いてのり巻きを丸ごと食べると良いという話を最初に聞いたのは、たぶん1990年代の中頃、大阪に出張した時のことだったと記憶している。呼び名は「恵方巻き」ではなく「まるかぶり寿司」だったと思う。それがいつの間にか、全国的に知られる季節の風物詩的な扱いになっている。ぼくが知っている節分の風物詩は豆まきだけ。年齢の数だけ豆を食べると吉、みたいなことだ。
 インスタグラムは無意識にしても意識的にしても、個人の生活を世間にさらす部分があるし、それによって急速に一般常識として広まっていくこともあるのだと思う。のり巻きにしても、正月の七草粥にしても、みんなていねいに暮らしているんだなと驚くけれど、臍曲がりのぼくはむしろそんな風潮には乗らないぞと意固地になってしまう。とはいえ美味しそうなのり巻きの写真は、食欲を大いに刺激した。
 ずうっと忙しくしていて、なかなかのり巻きを食べる機会がないまま出張に出た。行き先は岡山だ。そして岡山から鹿児島へ移動することになっていた。岡山の駅ビルの中に寿司屋があって、そこで売っている太巻きがとてもうまいから、鹿児島に向かう前にあれを買って、新幹線の車中で食べようと計画する。ところがそれをすっかり忘れてしまい、蕎麦屋で軽く昼酒を飲んでいたら新幹線の発車時刻ギリギリになった。だから太巻きを買うことができなかった。
 鹿児島に着いてから友人に「のり巻きが食べたい」と話してみたが、「節分の時は、恵方巻きがあちこちで売ってましたけどねェ」と首を傾げる。のり巻きには弁当というイメージしかないのだそうだ。節分に食べるものという認識もなかった。「どこかに売っていないかな」と問うと、「デパートの惣菜売り場とか、道の駅とかですかね」と肩をすくめる。
 それから数日して、日置の道の駅の食堂で昼ごはんを食べることになった。煮魚定食を注文した後で、急にのり巻きのことを思い出し、メニューをあらためて開いてみたが握り寿司しかない。それで中座して、弁当売り場で助六を買った。席に戻ると、友人たちが「何を買ったんですか?」と訊いてきた。「のり巻きといなり寿司」と答えたら、「それ何ご飯ですか」と笑った。
 2月というのは、節分の恵方巻きとかヴァレンタインデーのチョコレートとか、誰かの思惑に乗ってしまっているなと思いながら食べるものが多いと感じる。こんなふうに書いたら、来年からチョコレートがもらえなくなるかもしれないけれど。

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著者プロフィール

月刊連載『好物歳時記』毎月14日公開
icon_okamoto岡本 仁(おかもと ひとし)

ランドスケーププロダクツ
北海道生まれ。いろんな町をブラブラして、いつも何か食べてる人
と思われていますが、いちおう編集者です。
著者は『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』『果てしのない本の話』など。
雑誌『暮しの手帖』で「今日の買い物」という旅エッセイを連載中。