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月の本棚 二月  森へ行きましょう

もしもあのとき、別の道を選んでいたら……。そういうことを、たまに考えることがないでもないが、そちらに「行かなくてよかった」にしても、「行けばよかった」にしても、違う道を歩いている今となっては、あまりおもしろいことではない。でも、それぞれの道の行く末をとことん、並行して眺める観客の立場なら、おもしろいかもしれない。

同じ年の同じ日に生まれ、同じ両親のもとで育った「留津」と「ルツ」。二人の女性が存在するのは異なる世界ゆえに、彼女たちは決して出会うことはない。それぞれは、いたかもしれないもうひとりの自分なのだ。無数の岐路でなされる無数の選択によって、その先の運命に差異が生じていき、やがて二人はまったく違う人生を歩むことになる。

『森へ行きましょう』は、1966年から2017年までの半世紀にわたり、友情や恋愛や結婚をクローズアップしながら、「留津」と「ルツ」の人生が交互に描かれる小説だ。作者は、彼女たちの運命を司る神のような存在。わたしたちは観客として、彼女たちの人生を俯瞰させてもらえる。「留津」と「ルツ」のほか、さらに、ありえたかもしれない「琉都」や「るつ」や「流津」などが一気に登場するエンディングはどこか、ミュージカルのようでもある。

困難なこと、辛いことは、「留津」にも「ルツ」にも、どんな人にも必ずふりかかってくる。それを乗り越えることによって、別の困難を回避できることがある。逆に、楽な道程が一時的にあっても、後のためにはならないこともある。だから人は考える。そして、考えれば考えるほど迷うのだ。人生という深い森のなかで。

ふと思い出したのは、グウィネス・パルトローの『スライディング・ドア』(Sliding Doors 1998英米合作) という映画だ。地下鉄のドアが閉まって乗れなかった場合と、間に合って乗れた場合の、その後の人生が大きく変わる2つのストーリー。ひとつの道しか選ぶことができないリアリティを生きる者にとって、こういう設定はいつも娯楽になりうる。

「自分の前にのびている可能性は無限。でも、自分のうしろにあった可能性は、もう消えている。人生という森の中の、今まであなたがたどってきた道は、一本道だったけれど、この先にはまだ道はなくて、どこに歩いていってもいいのよ。そう誰かにささやかれたような気分だった」

さて。わたしたちは今日のリアルな人生で、いくつの岐路に立ち、いくつの選択をするだろう。

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『森へ行きましょう』(川上弘美著 日本経済新聞出版社 2017)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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