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南インド・ニルギリの旅 5

イギリス領インド帝国。よく紅茶の勉強をする時に学ぶ歴史です。
昨年は、春に初めてミャンマーへ行って来ました。お茶の産地としてのミャンマー(昔は、ビルマ)を訪問したのも、この「イギリス領インド帝国」との関係で、一度行ってみたかった国です。

英国紅茶についても、いつかこのコラムでもお話したいと思います。
もし、イギリス・ビルマ戦争がなければ、もしビルマが何度もの戦争をしなかったら? アッサムやダージリンという産地はなかったのだろうか?など色々考え訪れると、何かまた違った歴史の一幕を見ることができるのではないだろうかと、私の旅はこんな風に次から次へとつながっていきます。

北インドのダージリンという街、スリランカのヌワラエリヤという街、そしてこの南インド・ニルギリのクーヌール(coonool)、どちらも標高の高い所に英国人の街があります。私は、ウーティからクーヌールまでこの列車に乗ってみました。ここも景色が良く、可愛い蒸気機関車が走っています。
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制服を着たたくさんの子供たちが、ホームで列車が着くのを待っています。日本人を見るのが珍しいようで、いっぱいの笑顔で挨拶をしたり手を振ってくれます。
ホームにはチャイ屋さんがあり、列車が着くと売り歩くため、一生懸命に作っていました。楽しみにしながら私も列車の中で飲んでみました。甘いけれど、塩味のコロッケのような揚げ菓子と一緒に飲むと美味しかったです。

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ウーティには、ローズガーデンがあり、2000種類もの薔薇が育てられています。英国薔薇協会に加盟している薔薇園は今もなお、英国植民地時代の名残が残っています。スリランカの高原、ヌワラエリヤにも植物園があり、その中にも薔薇園があります。英国が誇るお花ですから。

世界遺産のダージリン・ヒマラヤ鉄道とニルギリ山岳鉄道、英国が引いた鉄道が今も現役で走っています。歴史はともかくとして、高原で過ごしやすいため今も豊かな人たちの避暑地となっていて、列車の予約も取りにくい人気のリゾート地です。
クーヌールには英国式の建築物も多く、私が泊まったホテルも英国のカントリーサイド?と、自分がいる場所を錯覚するほど、英国様式のリゾートホテルでした。この街には、紅茶のオークションに参加している紅茶ブローカーの会社もあり、訪問して来ました。お茶は既に紹介したので、ここでは省いておきます。

高級なサリーの生地や高級なパシュミナのお店もあり、中心地である街の真ん中には市場があって、沢山のスパイスのお店もあるので多くの人で賑わっていました。
英国植民地時代の多くのお茶産地は、どこもよく似ていて英国人が住みやすいよう、リゾートが楽しんでできるように作られていて、今はインドの裕福な方達の避暑地となって賑わっています。

これが良いのか、悪いのか?どう考えるか? 英国の足跡をたどる旅はまだまだ続きますが、南インドはこの辺りで終わりたいと思います。

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著者プロフィール

『メランジェ的世界の歩き方』毎月21日公開
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松宮 美惠 (まつみや よしえ)

200種類のお茶とお茶まわりのグッズを扱う「ラ・メランジェ」のオーナー。
ラ・メランジェは1988年に京都・北山にオープンし、92年からは同じ北山に店を移転拡張し、2005年9月烏丸二条に移転。2015年5月で対面販売 小売店店舗をクローズ。今後お茶を扱う専門家、飲食関連のサービス、お茶を教える専門家などに今までの経験を生かし指導をしていくことを新しいジャンルとして設ける。ものを売るというよりも、お茶とお菓子ですごす時間や空間、そこから生まれるコミュニケーションが大切だと考え、これを提案したいというのが基本的なコンセプト。このためお茶と食、またそれにまつわる文化に強い関心を持ち、1990年からヨーロッパを中心に海外に頻繁に旅し、情報を常に吸収し、ノウハウを蓄積しているのが強み。最近では、特に中国へ赴くことも多く、中国茶と茶器の品揃えも強化。現在、かの地の文化を修得しつつある。お茶については、海外からはお茶を直接輸入し卸しも行なうが、国内・国外のお茶とも、すべて自らテイスティングし、セレクトしたものを扱う方針。お茶のコーディネイトの仕事も多数。